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それは前々から両親が言っていたことではあったが、琴子母はそれでも、娘が調子に乗って遅く帰ってこないか案じているのだろう。
小鳥を見送ると、母も仕事に出かける準備があるからさっとリビングに戻ってしまった。
それとも。顔を真っ赤にした娘の気持ちを思いやって?
――本当に見て欲しい人ひとりで充分よね。
その本当に見て欲しい人が誰だか。母は知っている。
だけど。その人への想いが通じたことはまだ知らない。
彼とキスをしたことも。既にこの肌を許して愛してもらったことも。その印がまだ肌に残っていて、そして、乳房の先が熱い痛みを覚えていることも。
もう、母には言えない。これからは彼との秘密になっていくのだろう。
―◆・◆・◆・◆・◆―
今日の講義は二時で終わる。その後、夜の十九時までバイト。バイトが終わったら、そのパーティーに参加する。
毎日毎日、なにかしら予定が入っている。スケジュール帳のどの日もどの時間も埋め尽くされている。だけれどこれが小鳥の日常だった。
ガレージに向かい、今日も青いMR2へ。
青いドアにキーを差し込んだ時だった。
「おはよう」
龍星轟の紺色作業着姿の青年がガレージの入り口に現れる。
小鳥の胸がドキドキとせわしく動き始める。
「お、おはよう。お兄ちゃん」
桧垣 翔。ずっと小鳥が片想いだった十歳年上のお兄さん。龍星轟社長である英児父の部下。
一重のクールな眼差し。それとはうらはらに、八重歯がちらりとみえる笑顔がとても素敵で、初めてこの笑顔を見た時から、毎日それが見たくてときめいてきた。それが今日もここに。
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