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そうこう話しているうちに学校に着き、教室へ向かう。戸をくぐって中に入ると、数人から声をかけられて挨拶を返す。
「あ、隼人」
席へと向かいながら、先程話しに上がった友人の、隼人の席に通りかかった。隼人の席は黒板に一番近い前の席だ。
「さっきまっつんから聞いたんだけどさ、明日の門前祭一緒に……隼人?」
そこまで声をかけて、俺ははじめて異変に気づいた。
いつも元気な隼人が、どこかぼうっとしている。
そもそも、もうすぐ朝礼が始まる時刻だといっても、先生が来る前に自分の席に着席していること自体異例だ。いつも教室に入ってきた先生に窘められて、やっと着席するような奴なのに。
「隼人、どうしたんだ?」
顔の前で手を往復させ、声をかけ続ける。と、ようやくぼうっとした表情のまま、俺を見返してきた。
「何」
「いや、なんか元気なくね? どうかしたか」
「別に」
心配になって問いかけるが、返事はそっけない。
「そっか……? あ、さっき、まっつんが明日、門前祭一緒に行くかって」
「行かない」
返事は早かった。早いというか、俺の言葉に重ねるように否定されたような感じだ。
俺は目を瞬きさらに声をかけようとしたが、隼人はすでに話は終わったとばかりに、顔を前へ向けてしまう。
瞬間的に、腹立たしさを覚えた。だが、ここで怒っても仕方がない。この様子では、本当になにかあったのかもしれないし。
後できちんと話を聞こうと思いながら、俺は肩をすくめて、自分の席へ向かうと腰を下ろした。
「隼人何だって?」
先に隣に座っていた謙介が問いかけてくる。
「行かねぇってよ。なんか様子おかしかった。心ここにあらずって感じで」
「へぇ……」
謙介も心配そうに、前の方へ座っている隼人へ視線を向ける。と、小さくバイブ音がして、謙介が自分のズボンのポケットからスマホを取り出した。
数回画面をスライドする操作をして、俺の顔を見る。どこか困惑しているような微妙な表情だ。
「明日の門前祭、後輩の女の子も一緒に行って良いか?」
「女の子二人でダブルデートになるなら良いよ」
「聞いてみる」
「何、後輩にアタックされてんの」
「いや全然そんなんじゃないんだけどな。一緒に行かないかって誘われて……あ、もうひとり友達誘うって」
それがアタックされてるっていうことなんじゃないかとは思ったが、担任が教室に入ってきたことで会話はそこで途切れた。
前へ向き、ふっと息を漏らす。
明日から夏休みか。嬉しいことのはずなのに、朝から隼人に妙な反応をされたせいで気持ちが晴れない。
結局、その日一日隼人の様子はおかしくて、まともな会話は出来なかった。一度声を荒げて怒りもしたが、一切意に介さないといった様子で俺たちの側を去っていった。
そうしている間に、俺は朝の通学路で見かけた奇妙な女性のことも、すっかり忘れ去っていった。
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