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先生が子どもの頃は、今と違ってまだ惨めな時代だった。社会はとても貧乏で、街を歩けば10メートルに一人は物乞いがいたし、5メートルに一匹は片目の猫がたむろしていた。車は3日に一回は故障したし、台風は年に50個日本列島を直撃していた。そんな時代のことさ。
特に惨めなのは子どもだった。子どもというのはいつも惨めな存在なんだ。惨めで悲しい存在だ。その頃の子どもはいつもお腹を空かせていたし、服なんかも買ってもらえなくて、お爺さんのボロボロになった農作業服につぎを当てて着るしかなかった。
そんなんだから、学校に行っても悲しかった。物は不良品ばかりで、消しゴムはロクに消えないし、鉛筆も雨の日には書けなくなってしまっていた。
だから雨の日には授業が変更になった。一番人気なのは体育だった。でも、全てのクラスが体育館を使うわけにはいかないから、早い者勝ちだ。
体育館が使えなかったクラスは音楽室でリコーダーの練習をした。でも音楽室も早い者勝ちだから、音楽室が使えなかったクラスは、教室で円周率の暗唱をさせられた。
今の君たちは円周率なんて3.14しか掛けないけど、当時の子どもたちは小数点以下12桁まで掛け算した答えじゃないと認めてもらえなかった。だからテスト用紙が今の8倍くらいあったんだ。
それはさておき、あれはなかなかいい暇つぶしになるんだ。どれだけやっても終わることがないからね。でも昔の教室は防音設備がしっかりしていなかったから、みんなで円周率を暗唱していると、よく隣のアパートの大家さんから苦情がきた。昔は学校の隣には必ずアパートを作らなきゃならなかったからね。
だから朝天気予報を見て今日は雨が降りそうだというときには、教室に行かずに最初から体育館で場所取りしている生徒がいたもんさ。
見事、雨が降って授業が中止になって、体育館が使用できるとなると、その子は英雄になった。でも昔の天気予報は当てにならなくてね。よく外れるものだから、大抵は後で先生に叱られることになる。気象衛星ひまわりがまだ先代の頃でね、当時のひまわりは計算を全て機械による暗算でやっていたからね。
生徒D「先生」
先生「なんだい?」
生徒D「それほんとの話なの?」
先生「話の腰を折るのは感心しないね。本当に決まってるじゃないか。先生が嘘を教えたことあるかい?」
生徒D「う〜ん、どうだったかな。でも先生の話にはでたらめが多い気がするんだよね。難しい問題があると、そんなもの解けなくても人生で困ることはないとか言って逃げちゃうし」
先生「嘘はついてないだろう。まだ話は始まったばかりだよ。腰を折らないこと」
生徒D「はあい」
話に割り込むのは、決まって出来の悪い子である。黒板の前で問題を解かせようとすると、まるで忍者が術を使ったように雲隠れしてしまうのであるが、先生の邪魔だけは積極的である。まったく、この子はロクな大人にならないだろう。だが気をとりなおして、私は話を続けた。
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