ちゃんと洗ったよ、って笑えばいいだけ

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「ポーカーフェイスが恰好(かっこう)いいなんて幻想に囚われているうちは、きっと大人になんてなれやしないね」  漫画を読んでいる彼女が、その漫画から目を離さないまま、唐突にそう言った。 「なんでもかんでもすぐに顔に出る人よりかは、ポーカーフェイスな人の方が恰好いいし大人っぽいんじゃないですか」  僕は特に深く考えずそう返答する。  きっと読んでいる漫画がきっかけでそんなことを言い出したのだろうと思うけれど、話の流れや文脈が一切わからないから、適当に思ったことを答えた。  夕陽が染めるオレンジ色と街の喧騒が退廃的に支配する廃線跡の高架下は、時々近くを通り過ぎる車のエンジン音や独り言のように電話をしながら笑う誰かの声が混ざり、まるで古いラジオから流れるやわらかいノイズ音みたいに心地よく耳を撫でる。そんな空間では意識せずとも頭を空っぽにできるから、僕たちは二人きりで各々静かに小説や漫画を読んでいた。  先ほどまでこの場所での不文律(ふぶんりつ)かのように漂っていた静寂を断ち切った彼女は、読んでいた漫画を閉じて僕に向いて答える。 「なんでもかんでもを隠して平静を装うことが大人としての美徳になるなら、私は大人になんてならないね」 「なりたくない、じゃなくて?」 「うん」 「大人になるかならないかを自分の意思で決めるんですか?」 「当たり前だろ? そうでなければ誰が自分を大人だと定義してくれるんだ」 「一般的な大人の定義は二十歳になって成人したときで、自動的に分類されるものだと思っていましたけど」 「成人年齢が二十歳なのはあくまで日本の話だろ? 世界から見ても二十歳が成人の国はほんの数か国しかない」  あとで調べてみたら、二十歳が成人の主な国はタイや台湾、モロッコやニュージーランドくらいのようだった。思ったより少ない。 「それに日本では成人年齢が二十歳に規定されているけど、中国では十八歳、韓国では十九歳、アメリカにいたっては州ごとによって成人年齢の規定が違う」 「そうなんですね。それじゃあ、それぞれの国や地域で大人になる年齢の定義が違うってことなんじゃないですか」 「私はあくまで成人年齢は法的な規制とか権利所有とかに関しての目安であって、への入場券ではないと思っているよ」  『おとなのしゃかい』という言葉をわざとらしくゆっくりと発音しながら言うのが変に面白かった。まるで自分が子供であることに納得いっていない中学生のような仕草。年相応の態度のはずだが彼女がそうするとそういった演技のように見えるのがちぐはぐで笑える。
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