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彼女の言葉は僕にはすべてが正しく聞こえる。すべて肯定したくなる。子供っぽくて盲目的な思い込みなんかではなくて、これまでの経験がそう思わせる。
正しい言葉はよく人を傷つけるけれど、たまに人を安心させる。彼女の言葉はいつだって僕を安心させてくれる。
それでも僕はその安心には素直に身を委ねずに、ほんの少しの抵抗をする。
彼女を安心させるために。僕も少しだけ強くなったよ、と彼女に教えるために。
「でも、それでも伝わらないかもしれない」
誰かに自分にとっての大切なものの価値を認めさせるのは簡単にはできないことだ。自分には宝物に見えていたとしても、他の誰かにとってはガラクタかもしれない。
「他人と価値観を共有するのは難しいことです」
大抵の場合、わからないものはわからないままで、受け入れるか距離を置くかのどちらかを選んだ方が楽に切り抜けられる。
「汚い。それはゴミだ。捨ててしまえ。そう言われた場合は、一体どうすればいいんですか?」
切実な疑問。大切な何かを守るための、無害の証明方法。
そう問いかけると、彼女は足元に転がっている歪な形の石ころを拾い上げて、それを掌の上に乗せながらこう呟いた。
「ちゃんと洗ったよ、って、そう言って笑えばいいだけだよ」
綺麗ではない、ちゃんと洗ってもいない、灰色のただの石ころ。彼女はそれがまるで本物の宝石かのように慈しみながら、小さな掌の上で弄ぶ。
「それでも理解してもらえないなら、これはゴミじゃないって怒ればいい。なんでわかってくれないのって泣けばいい。宝物なんだって叫べばいい。それだけだよ」
石ころを包み込むように手を握りしめながら、彼女はそう言った。
「取り繕う必要なんて、ひとつもないんだよ。私たちはこんなにもちっぽけなんだ。だからいつだって全力で足掻いて、駄々をこねて、決して離してやるもんかと宝物を抱きかかえながら、そうやってみっともなく守っていくしかないんだよ」
きっと彼女なら、自分で言った通り言葉と表情筋と掌を使って大抵のものは守れる。それは誰よりも僕が知っている。
だって、今もこうして、彼女は言葉と表情筋と掌を使って僕のことを守ろうとしてくれている。
そうやって、僕は彼女に救われてきた。
「大切な何かを守りきるための偽りなら何も問題はない。大人になれば、きっとそんな場面も嫌というほど出てくるんだろう。でも、非力な私たちはそうじゃない。理不尽に立ち向かうためにはいつだって全力でいなければいけない。どんなに嘘をついていたとしても、自分にだけは嘘をついちゃいけないんだ。なら、誰に理解されないとしても知ったこっちゃない、自分にとって大切だから守る。これが正しさの形だ」
握りしめていた拳が開かれて、掌の上の灰色の石ころがまた姿を現す。
ほんの一瞬、それがとても眩しく――まるで本当の宝石のように輝いたような気がした。
きっと、何かの錯覚だったと思う。
くすんだ灰色でごつごつとした歪な形、光沢もなければ滑らかさもない。夕日に照らされたって光を反射する部分はどこにもなく、特別からはほど遠い、ありきたりな石ころ。それが眩しく見えるなんてことあるはずがない。
それでも、もしかしたら、その錯覚こそがすべての宝物の正体で、彼女が言う正しさの形の本質なのかもしれないと、少しだけそんな風に思った。
「でも、泣いたり、駄々をこねたりするのは、やっぱり子供っぽいと思います」
「うん、そうかもしれない。でもね」
彼女は宝箱から大好きな宝物を取り出すときのように晴れやかな澄んだ笑顔で言った。
「すべて諦めて、失ってから静かに流す涙なんかよりも、必死に泣き叫んで大切なものを守りながら流す涙の方が、よっぽど恰好いいだろう?」
そうかもしれない、と心から思った。
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