ちゃんと洗ったよ、って笑えばいいだけ

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 夕日はいつの間にか高度を下げて、さっきまでオレンジ色に染まっていた空は、その大半が白んだ青色に覆われている。  ビルの向こうに見える沈みかけの夕焼けは、喜劇のエンドロールに流れるテーマソングのように、鮮烈に一日の終わりを赤く彩っていた。  そろそろ帰ろうか、という彼女の声に頷きながら、僕は読んでいた小説のページに栞を挟んだ。  僕が準備を終えて立ち上がると、彼女はおもむろに僕の方に手を差し出す。 「はい、きみには特別にこの宝石をあげよう」  そう言って彼女は先ほど拾い上げた灰色の石ころを僕に渡してきた。  綺麗ではない、ちゃんと洗ってもいない、灰色のただの石ころ。彼女が正しさの形と呼んだ宝石。  掌に押し付けられたそれを見つめながら、僕はどう反応するべきか考えてしまう。 「どうしたのかな? とっても綺麗な宝石だよ、嬉しいだろう。泣いて喜んでもくれても構わない。さあ、もっと、素直になっていいんだよ」  そう言われた僕は、いまの素直な気持ちを伝えるために精一杯に顔を歪めて、嫌な顔をしてやった。  それを見た彼女は、本当に愉快そうな声を出して笑う。 「ほら、やっぱり子供にポーカーフェイスは似合わない」
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