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先ほどより更に重たい一撃を加えるべく、バーミットは至近距離に飛び込んだ。
狙いはドラゴンの首。今度は鱗の少ない首を、下から切り上げるのだ。
牙と爪を掻い潜るリスクはあるが、先ほどの感触から鱗を貫通せしめるのは容易ではないと悟ったのだ。
もちろん仕留めそこなえば、逃げ場はない。
しかしこの捨身とも思われるスタイルが、そしてリスクに相応しい戦果が、狂気のプリンセスという通り名の所以なのだ。
「もらったっ!」
鋭く切り上げられた片手半剣の刃は、しかしドラゴンには届かなかった。
どこからか現れた白い長剣が、激しい金属音を響かせながら、バーミットの烈撃を受け止めたのだ。
「・・・そこまで」
マントに身を包んだ長身の男が、受け止めた姿勢のままドラゴンに向かって、静止の声をかける。
ドラゴンが驚くほどあっさりと牙を収め大人しくなると、男はドラゴンに笑顔を見せる。
その無邪気で柔らかい笑顔に一瞬見惚れてしまい、剣に込めていた力が思わず抜けてしまう。
男は長剣を鞘に納め、頭を軽く下げたドラゴンの頬を優しく撫で始める。
そして彼女に背を見せたまま、ドラゴンに何か語りかけている。
気勢をそがれた少女から既に戦意が失われた事を、見抜いたのだろう。
いきなりドラゴンに切りかかれ、と天邪鬼が鎌首をもたげたが、実行に移す気にはなれなかった。
無防備なはずのその背に、隙が見えないのだ。
「こんなところにドラゴンの下僕が居たなんてね」
剣の代わりに毒舌を振るう。
「この子とは友達なんだ。剣を収めてくれてありがとう」
男は振り向き、先程とは違う小憎たらしい笑顔を浮かべながら、礼を述べる。
あの蕩ける様な笑顔が自分には向けられなかった。ドラゴンへの嫉妬心がバーミットの心を掠める。
その心情に気付いたのか、気付かないのか、男は笑顔を引込め、説明を始める。
ドラゴンの名はアージェと言い、この国にいる3匹のドラゴンの中で最年少の、まだまだ幼生のドラゴンなのだそうだ。
そしてドラゴン達は人間に悪意も敵意も持っていない、とも述べる。
「それを証明して差し上げますよ」
そう言いながら男がマントを脱ぐと、その下は貴族の平服のようであった。
「そんな安っぽい貴族服で、”白馬の王子様”のつもりかしら?」
バーミットはさらに突っかかる。
男は安い挑発に構わずドラゴンの耳元で何かを囁く。するとドラゴンは尻を地面に降し、ここに座れと言わんばかりに腰を軽く丸め、足をかけ易い様に後ろ足もなだらかに曲げて固定させた。
「お手をどうぞ、プリンセス。拒否権はありませんよ?」
男がバーミットに振り返り、今度は悪戯っぽい微笑みを浮かべて言い放つ。
体温が微かに上がり、脈拍も上がり、瞳が潤んだような気もした。
なにより天邪鬼が何度も鎌首をもたげるのを無視して、バーミットは男の手を取り、素直にドラゴンに跨る。
ドラゴンに乗るという好奇心が勝ったのだ、と自分の感情を誤魔化す。
男もあとから乗り込み、背後から彼女の細い腰に腕を絡め、軽く抱きしめてくる。
普段の彼女なら、このような行為は烈火の勢いで拒絶しただろう。
しかし不思議と拒絶反応は出なかった。
(鞍もないドラゴンだ。私が落ちないように・・・だ・・・・・・ろう)
そんな自分に戸惑いながら、自分自身にそう言い聞かせる。
「アージェ、よろしく!」
男の声と共にドラゴンは力強く羽をはばたかせ、一気に空を駆け上る。
絶景だった。
街を、城を、国を飛び越え、見上げた事しかない雲が、まるで綿の絨毯の様に眼下に広がる。
バーミットは見たことがない景色に言葉を忘れ、頬を紅潮させ、瞳を輝かせる。
絶句の数瞬を一通り過ごすと、今度は興奮から大燥ぎでひとり感嘆の声でしゃべり続けた。
彼女がドラゴンから落ちてしまわぬよう、やや強く抱きしめ直しながら、男は苦笑めいて呟く。
「どちらかと言うと”狂乱”というより”お転婆”プリンセスだな」
「そうよ!」
「この髪、まるで”とんぼ”みたいで素敵でしょ!」
バーミットが満面の笑みで振り向く。亜麻色の瞳が、茜色の髪が、遮る物のない陽光にキラキラと煌めく。
今度は男の目が奪われる。先程ドラゴンに見せた以上の、柔和で優しい、しかしどこか熱を帯びた笑みが浮かぶ。
「・・・そうですね、とても素敵で綺麗ですよ、”とんぼ”姫」
話を合わながら彼女の髪を梳くように優しく撫で、堅く抱きしめ直す。
・・・今度は心惹かれるままに。
半年後、2人目のドラゴンライダーが誕生する。
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