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富士山の噴火がもうニュースのネタにもならなくなった夏の日、渡、遠山、筒井の三人は以前竹林の近くで出会った老人が禰宜を務める神社を訪ねた。
あの時の地震で受けた被害の修理が追い付いていないのか、神社の建物の屋根にはところどころブルーシートが被せられたままだった。
社務所の一室に通された三人が長机の椅子に座って待っていると、やがて扉が開き、大きな木箱を抱えたあの老人が入って来た。
「これは遠い所をよくいらっしゃいました。赤い竹の花に関係があるかもしれない古文書が見つかりいましてな」
三人は立ち上がって禰宜に一礼し、机をはさんで向かい合わせに座る。禰宜が木箱の蓋を開け、中のクッション役の丸めた新聞紙を取り除きながら言った。
「富士山と天女の伝説には深い関係がある。その事はもうご存じなのですな?」
三人が大きくうなずく。禰宜は木綿の布で何重にもくるまれた細長い物を箱から取り出した。
「あの天女伝説の後日譚の部分には、いろいろ内容が異なる異本があります。この神社に伝わっているのは、世間で広く知られている物とは違う内容でしてな。天女が形見に残した物は、不死の薬ではなく、タネだったというのです」
遠山が机の上にぐっと上半身を乗り出した。
「植物の種子ですか?」
禰宜が布を取り去り、巻物を机に置き、紐をほどく。
「この神社の古文書にはカタカナでタネとしか書いてありません。ですが、そのタネであると考えるのが普通でしょう。天女は自分の育ての親である老夫婦の、遠い子孫に災いが起こらぬよう、そのタネを富士山の周りに植えよ、と言い残した」
禰宜が巻物を広げると、そこに色鮮やかな絵が現れた。中央に十二単姿の美しい若い女性が座った姿勢で描かれている。
その背後には無数の竹が生い茂っていて、枝にはびっしりと深紅の、梅の花に似た形の花が満開の桜の様に並んでいる。それは紛れもなく、三人が富士山の麓で見た、あの異形の竹の花だった。
筒井が禰宜の許可を得て、カメラでその絵を接写し始めた。渡が禰宜に尋ねる。
「これがあの伝説の天女なのですか?」
「断言はできません。この絵巻自体が、長い歴史の間に何度か失われ、その度に復元された物と伝わっております」
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