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蒼穹に、赤い焔と黒い煙が立ちのぼる。
数千年の栄華を誇った翠天の城は、今まさに墜ちようとしていた。
黒き翼持つ民が攻め入り、城に住まう白き翼持つ民の命を、手にした鎌で狩り取り、火を放ったのだ。
城の名が示す通り翠の硝子で造られた、美しく華奢な柱と窓は砕け散り、白き翼の民の骸が累々と転がって、その上から焔がなめるように覆い被さっていった。
白き翼の民と黒の翼の民は、元は一つの種族だったという。それがいつからか天と地に分かたれ、永の争いを繰り返していた。
翠天の城から四季を管理する白き翼の民は、「我らこそこの世界の支配者」と驕り高ぶり、本来の役目を忘れて、恵みの雨を降らせる事も、栄養を溜める強い野菜を育む寒さをもたらす事も放棄し、地上は荒れ果てた。
地底の黒曜の城に棲む黒き翼の民は、かつては「天空より追放されし悪魔の一族」と恐れられていた。しかし、白き翼の民に見切りをつけた地上の人々は、その悪魔に助けを求めた。あの暗愚で傲慢な一族の目を覚まさせてくれ、と。
黒曜王と呼ばれる、時の黒き翼の民の王は、人間達の願いを聞き届けた。単に、決定打を与えずに無駄に消耗し合う白と黒の軋轢に飽いていたのかもしれない。
王は鴉のような黒き翼をはためかせ、今こそ仇敵滅ぼさんと意気込む民を率いて空へと昇った。
そして今、黒曜王は、白の民の最期を見届けんとばかり、長い黒髪をなびかせ、黒曜石を填め込んだかのような瞳に焔を映しながら、燃える熱も感じていないのか、悠々と翠天の城内を歩く。
すると、焔の燃え盛る音に混じって微かに流れてきたか細い声を聞き取り、王は白磁のごとき肌持つ顔を声の方へ向け、固い靴で床を叩きながら歩を進めた。
そう大きくない空中庭園だった。頭上を覆っていたはずの砕けた天蓋、一面に咲き誇る花、しゃらしゃら歌う噴水の水。全てが、この城を形作るものと同じ、翠の硝子でできている。
その中にしゃがみ込んでしゃくりあげるちいさな背中が見えて、王は黒き翼を一打ち。ちいさな影の傍らへ舞い降りた。
ひくっ、と。息を呑むその背中で、白き翼が震える。結んでいたリボンが解けたのだろう、晴天と同じ青の髪がさらりと流れ、翠の瞳がこちらを向く。間違い無く、白の王族の色だった。
「だ、れ」
つぶらな目からぼろぼろと涙を零し、問いかける声は、幼い少女そのもので舌っ足らず。
「みんな、いなくなっちゃったの。おとうさまも、おかあさまも、せわやくのサディアも、みんな、みんな」
成程、この城や近しい者に起きた事も理解できないような年齢なのだろう。だが、その顔は白き民特有の美しさを既に備えており、成長したらどんなに麗しい女性になるだろうかと、黒曜王の興味をそそる。
本当に、ただの他愛無い気まぐれで。
王は両手を伸ばし、少女の軽い身体を抱き上げた。
「お前」薄い唇をにい、と持ち上げて、目を真ん丸くする少女に問いかける。「名は」
「スティ」ちいさな口が、ちいさな声で名乗りをあげる。「ほんとうは『ステルラ』だけど、みんな『スティ』ってよぶの」
「では、スティ」
黒曜石の瞳を細めて、黒の王は白の王女の、林檎みたいに赤い頬へ口づける。
「これからは、私がお前の父だ」
そうして、割れた天蓋を見上げ、燃え墜ちる城から、白を抱いた黒の翼が飛び立った。
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