黒の王と白の姫

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 地底に昼夜の区別は無い。ただ、時告鳥(ときつげとり)が鳴く声の違いによって、黒の民は時間を知る。  その時告鳥が、百年生きてきても聞いた事が無いようなけたたましさで騒ぎ立てる事で、王の意識は眠りの世界から(うつつ)へと引き戻された。  やけに城内が騒がしい。それに、何かの燃えるにおいまで漂ってくる。  壁に立て掛けておいた大鎌を手に、部屋の外へ出た王が見たものは、一面の焔。地の底から噴き上げる溶岩とは違う赤が、黒曜の城をなめるように呑み込もうとしている。  それはまるで、十五年前、翠天の城が墜ちた時のように。 「――見つけたぞ、黒曜王!」  不意に、憎悪を存分に込めた声が、焔の音より大きく耳孔に滑り込んできたので、半眼で視線を滑らせる。  この地底には不釣り合いな白の翼を持った青年が、敵意に満ちた瞳をぎらつかせて、剣先をこちらに向けていた。 「我らの故郷を滅ぼし、王たる方をこのような暗黒の底へかどわかした罪、その命で(あがな)ってもらう!」  白き翼がばさりと鳴る。裂帛(れっぱく)の気合を迸らせながら飛び込んでくるその動きは、しかし王には緩慢に見える。剣先が届くより先に、一振りした鎌が、青年を袈裟懸けにした。 「ああ……王……ステルラ様よ……」  白の翼が赤に汚れ、ごぷりと血を吐きながら、青年がその場に崩れ落ちてゆく。 「我らの悲願を……白き民の再興を……」  廊下にじんわりと赤い池を作って動かなくなった襲撃者を一瞥し、王は黒髪を翻して、黒の翼を広げる。足で行くには時間が惜しかった。  廊下のあちこちに、己が民や白き民の死体が転がっていたが、それを無視して、焔の合間を縫い、真っ直ぐ目的地へ向かう。  小さい頃(たわむ)れに遊び相手をしてやった、成長してからは共に黒薔薇を愛でた、思い出の中庭に、彼女は佇んでいた。いつも背に流していた空色の髪は今、高い位置でひとつにまとめられ、焔に照らされて紫の輝きを放つ。  彼女がゆっくりと、身体ごとこちらを向く。 「お父様、いえ、黒曜王」  娘の瞳に宿る光は、今は怒りの色をたたえてはいなかった。ただ、どうして、という戸惑いと、諦観(ていかん)に満ちている。 「白き翼の民が、生き残っていたの」  ちいさなくちびるを噛み締め、うつむく事で表情を前髪の下に隠す少女の姿を目にして、全てを察する。  白き民が、自分達の王を探し当て、吹き込んだのだろう。黒曜王こそ貴女の仇、白の王族を滅ぼした者だと。白の再興の為、黒を根絶やしにする旗頭(はたがしら)として立って欲しいと。  それが証拠に、少女は最早黒曜王の娘ではなかった。白き翼の王家の継承者たる証である、翠緑(すいりょく)の石がはめ込まれたサークレットが額に渡されている。竜――神が天上から降りてくる時の御姿(みすがた)――が翠の石を抱き込む意匠が施された、透明な刃の剣を手にしている。 「お祝いに欲しいものを考えておけ、って言ったわよね」  剣を握り直した白き王女は、ぎんと黒き王を見すえる。 「決めたの。貴方の命を、頂戴」  その言葉と共に、純白の翼が広がる。焔の照り返しを受けて、地上の夕暮れのような色に染まる。  美しい、と思いながら待ち受ける王は、鎌を振るいはしなかった。むしろ自分からそれを握る手を離し、自由になった両腕で抱き締めるように。  透明な刃がその胸を貫くのを、甘んじて受け入れた。
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