黒の王と白の姫

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 胸の奥からこみ上げた血が口元を伝うのがわかる。所詮初めて剣を握った少女の腕前、急所は外したが、出血を放っておけば死に至る。 「どう、して」 「最初は、本当にただの、酔狂だった」  仇の身を貫いた体勢のままかたかたと震え出す王女の細い肩を、優しく包み込むように抱き締め、黒曜王は、一言一言を血と共に紡ぎ出す。 「子を育てるなど、興味本位でしか、なかった。だが」  真っ直ぐに慕ってくる幼さ。初めて翼を広げて舞った日の笑顔。決して同胞たりえぬ周囲に揶揄されて怒りをたたえた瞳。  そして今、血に濡れても損なわれる事の無い美しさ。  全てが、闇の中に住まうままでは掴めない光だった。何よりも大切だった。 「この想いに、名をつけるとしたら、それが、『愛』なのだろうな」  万感の想いを込めた告白に、腕の中の震えが増す。 「……お父様は、ずるい」  わななきを伴った涙声が、心地良く耳に滑り込む。 「たとえ仇でも、わたしを育てたのが気まぐれでも。わたしにとってのお父様は、お父様しかいないのに。誰よりも、大事な人なのに」  ずるりと剣が引き抜かれる。今更襲い来た灼熱(しゃくねつ)の魔物に全身を支配されながら、黒曜王はその場に膝をつく。倒れ込みそうになるのを両腕で必死に支え、乱れた髪が視界を邪魔するのも構わぬまま、王は己が娘を見上げた。 「私の翼を落とせ」  身体の中から血液が失われてゆく感覚に意識を奪われそうになりながらも、彼の口は娘に語りかける事をやめなかった。 「首を落とすには抵抗があるだろう。この翼を、私を討った証として持ってゆけ」  その口上に、少女の顔がくしゃりと歪む。剣を持つ手をだらりと下げ、潤みきった瞳でこちらを見下ろしたまま、たっぷりと数十秒経っただろうか。  王女が、剣を振り上げた。  白き翼の民の生き残りは、黒き翼の民をあらかた討ち、黒曜の城を制圧した。  だが、自分達の新たな王ステルラの姿が見えない事に不安を覚え、囁き交わし、次第に焦り、城内をくまなく探し始める。これから民を導く光が失われてはならない。焔に巻き込まれてでもいたら、重大な損失だ。  捜索の手が中庭に及んだ時、誰かが悲鳴をあげた。  駆け付けた者達が目にしたのは、無惨に切り落とされた黒の翼と白の翼が一対ずつ、血の池に沈んでいる光景。その周辺を探しても、翼の持ち主の姿は、どこにも見当たらなかったのである。
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