黒の王と白の姫

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 かつて蒼穹には翠天の城が、地底には黒曜の城があった。天には白き翼の民が、地には黒き翼の民が住まい、争いを繰り返していたが、その果てにどちらの勢力も戴くべき王を失い、滅び去ったという。  伝聞なのは、それがはるか数百年前の出来事で、数十年だけを地上で生きる人の力では、伝承として残す事しか出来ず、天に昇る(すべ)も地底に降りる道も失われた現在、歴史の証拠を見つけた者はいないからだ。  だが、北の辺境には、ひとつの噂があった。  いわく、白樺の森の奥には小さな(いおり)があって、そこには青い髪をした女と、恐ろしいまでの美貌を持った黒髪の男が二人で暮らしている。彼らは白の民と黒の民の末裔(まつえい)であり、数百年の時を過ごしているのだと。  しかし噂はあくまで噂の域を出ず、好奇心に駆られた子供や、魔女狩りで名声を高めようとする冒険者が、森に踏み入ったものの、木々はそこにいる者達を守るかのように、侵入者を頑なに拒み続け、誰一人として森の奥に辿り着く事はできなかった。  白と黒の調和のような表皮を持つ白樺の森を、まるで平地をゆくかのように軽い足取りで歩む女性がいる。  肩に流れる髪は空の色。かつて翠天の城を造り上げていた硝子細工と同じ色を宿した瞳は、嬉しそうに細められ、手に抱えた籠を見下ろしている。籠の中には沢山の茸。食べられるもの、食べられないものは、森の生き物が教えてくれる。  女性は煙突から煙を立てる小さな小屋の扉を開け、「ただいま」と(ほが)らかな声をあげる。  すると、安楽椅子に腰掛けて、ぎい、ぎい、と揺られていた男が、白磁のようなきめ細かい肌をした美しい顔を、女性に向けた。黒曜の瞳には光が宿らず、焦点が定まっていない。かつて血を流しすぎた代償だ。  しかし、男がきちんと自分の方を向いているだけで満足なのか、女性は得意気に籠を掲げてみせる。 「森の守護者から、恵みを沢山もらったわ。今日はこれでシチューを作りましょう」 「ああ、良いな。スティの作るシチューなら、格別に美味いだろう」 「もう!」  鷹揚にうなずく男に向けて、女性は子供のようにぷくりと頬を膨らませる。 「わたしはもう『スティ』なんて歳じゃあないわ! ちゃんと『ステルラ』って呼んで」  そうして、幼き日、彼にそうしたように、陽の光が差し込むかのような輝ける笑みを見せた。 「お父様。いいえ、アーテル」
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