おとうさんねこ〜おとうさんの遺したねこ〜

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 麗美(レミ)は最初、部屋を間違えたのかと思った。高齢者用ワンルームマンションの一角にある父の部屋には、あまりにも物がなかったからだ。  玄関からひと目で見渡せる部屋には、左側の壁沿いに介護用のベッドとサイドキャビネットが置かれていた。右側の壁にはタンスとクローゼット、その向こうにテレビ台が据えられている。ベランダの手前には正方形のテーブがあった。椅子は2脚しかない。カーテンの向こう、日当たりの良いベランダには植木鉢のひとつも置かれていないようだった。  父は蔵書家であった。機械をいじることが好きな自称・発明家でもあり、戸建てに住んでいた頃は自分専用のラボを作って、道具と発明品に囲まれて暮らしていた。麗美の記憶では、父は常に本かガラクタに囲まれていて、部屋は足の踏み場もないのだ。  この部屋には雑誌を含めて本の類は一冊もなく、新聞さえもなかった。機械類もベッドの横に置かれた目覚まし時計と、テレビ台の上のモニターくらいのものだった。いずれにせよ家具の上から床の隅々まで、父の部屋とは思えないほどさっぱりと片付いている。まるでモデルハウスのようであった。  父は生前、自らが急に倒れることを予期していたのだろうか。昨年の秋に突然、家を売却してここに転居したのも、身の回りを整理するためだったのかもしれない。  父は母と正反対で、ほとんど自らの行動について説明しない人だった。だから家族はいつも、事の済んだ後に事実を知ることになっていた。父が彼女と弟の生まれ育った家を売却したと知ったのは、このマンションへの転居通知が届いてからのことだ。  その半年後、弟からの連絡で入院先の病室に駆けつけてみれば、父は意識不明の重体だった。葬式のあと部屋の片付けに来てみれば、それすらも父が済ませてしまっていた、ということになる。 「おとうさん、何でもひとりでやる人だったから」  彼女の口から、ため息が漏れた。  麗美は持参したゴミ袋を持って、クローゼットへと向かった。予想に反して部屋はきれいに片付けられていたが、まさか洋服や肌着までは処分していないだろう。手を付けるのならばそこからだ。
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