おとうさんねこ〜おとうさんの遺したねこ〜

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 人の肩幅よりわずかに広い木製のクローゼットには、戸に手掛かりがなかった。代わりに赤黒い、つるっとした肌触りの樹脂製プレートが取っ手のあるべき位置に付いている。大きさと見た目からして、指紋認証装置の読み取り部分のようだった。 「どう見ても、おとうさんの改造だ」  木目調の家具にそぐわない電子部品、父の仕業で間違いない。だとしたら本人がいない今、どうやってクローゼットを開ければよいのだろう。  麗美は駄目でもともと、と指を伸ばした。父が自らの死を予見していたのだとすれば、遺された子供たち――彼女と弟の崇志(たかし)――の手で開けられるようにしてあるかもしれない。  指先が触れた途端、空気の漏れる鋭い音が部屋に響いた。麗美が慌てて手を引っ込めると、次の瞬間、戸が目で追えぬほどの速さで開き、内部に収納された。  麗美は息を飲んだ。一瞬、中に人がいる、と見間違えてしまったからだ。クローゼットには洋服の一枚すらなく、代わりに人の体に猫の頭部を載せたような物体が収納されていた。まるで中身の詰まった猫の着ぐるみのような外見だが、光沢のある表面は毛皮や布ではなく金属のものだった。目の位置が彼女よりわずかに低いので、身長は160センチほどだろうか。  父がわざわざクローゼットに隠していたことから察すると、目の前の人猫型ロボットは世間一般に出回っているものと同じではないだろう。 「もう、娘を驚かすのはやめてよね。おとうさん」  彼女は思わず、愚痴をこぼした。ありし日の父が何か珍品を発明すると、決まって家族に迷惑が掛かっていたからだ。 「せいもん、にんしき、かんりょう。ちょうじょ・レミ」  音声とともに人猫型ロボットの目が見開かれた。明るいブラウンの瞳が麗美を見つめる。猫のそれに似せた口が動いた。 「はじめまして、レミさん。おとうさんねこです」  喋ると、ぷくぷくとした口元の動きに合わせて、ひげが揺れた。麗美は驚くより先に、「おとうさんねこ」のまるで本物の猫のような顔の動きに見入ってしまった。
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