おとうさんねこ〜おとうさんの遺したねこ〜

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 自称「おとうさんねこ」は、このところ世間で話題の「〇〇ねこ」と呼ばれる人猫(ねこ)型ロボットの一体であるようだ。間近で見るのは初めてだが、特徴的な外観からすぐにそれと察することができた。 「あなたは、猫じゃないのに『ねこ』と名乗るロボットね」 「ろぼっとではありません。ねこはねこです。ひとにたずねられたら、『ねこです』とこたえるように、ぷろぐらみんぐされています」  プログラミングに従って作動するのはロボットである証明だが、その点を争っても相手の主張に変化がなく、質問者の心身がいたずらに疲弊(ひへい)して終わるだけということは知っている。 「あなたが『ねこ』だということは、分かったけど」  父が他人の発明品であるロボット……いや、「ねこ」を買って、所持していたとは驚いた。しかも家や家財道具、山と積まれた蔵書や自らの発明品の数々を手放しても、これだけは手元に置いていたのだから、なおさらだ。 「さっきあなたは、何て名乗ったかしら」 「ねこは、おとうさんねこです」 「もしかして、私の父親役を演じるねこ、ということ?」  おとうさんねこは首を横に振った。 「ちがいます。おとうさんねこはおとうさんです。えんぎをするのは、やくしゃねこで、だれかのかわりをするのは、みがわりねこです」  ねこはどれも、目的ごとに細分化された行動しかしない、とは聞いていた。だが「おとうさん」というのは行動目的でも業務内容でもなく、人と人との関係性や家庭内での役割を示す言葉だ。どちらかと言えば概念やカテゴリーと呼ぶべきもので、ねこの特徴である細分化された行動目的とは縁遠いものではないか。  麗美は目の前に立つねこを、頭のてっぺんから足の先まで観察した。ねこは直立不動というよりも自然体に近い力の抜けた様子で立ち、正面に顔を向けている。窓から差し込むカーテン越しの陽光が、横顔をオレンジ色に染めていた。見た目から分かるのは金属的な光沢を持つ、つるりとした表面には継ぎ目や留め具などが一切ないことくらいだ。かなりのハイテクノロジーによって生み出されたのだということが窺い知れる。  やはり相手に尋ねるしかない、と彼女は口を開いた。 「あなたが具体的に何をするねこなのか、聞かせてもらっていいかな」 「おとうさんねこは、なにもしません。おとうさんねこはおとうさんです」  要領を得ない。ただ「おとうさん」が、ねこの仕事内容や行動目的ではないことが判明しただけだ。麗美は思わず、天井を仰いだ。  父がこの「ねこ」について何も言い残していない――存在すら知らなかった――のが、じつに腹立たしい。好き勝手に自分のやりたいことだけをしていた父の、悪い面を抜き出して人猫型ロボットにインストールしただけではないか。  父が遺したものとはいえ、目的もなく、役にも立たないロボットは無用の長物だ。崇志だって、間違いなく相続を放棄するだろう。
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