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四年前まで、この大陸には“悪の三大魔女”と呼ばれる者達がいた。
一人は老衰で息絶え、一人は未だ正体がわからない。
そして最後の一人“最悪の魔女”と呼ばれた当時一七歳の娘は、今このココノ村で生活している。雑貨屋の一人娘“スズラン”に姿を変えて。
「……はぁ」
「どうしたのスズ?」
鬼ごっこの最中、突然ため息をついた彼女の方に振り返り訊ねる白金色の髪の少年。隣の宿屋の一人息子で“スズラン”の唯一の幼馴染モモハル。
多くの若者が去ってしまったこの村には子供は自分達しかいない。いや、正確にはもう一人モモハルの妹がいるが、まだ一歳なので当面こんな遊びには加われないだろう。
それに悩んでいるのはそのことではなく、先日の一件について。父と二人で行ったハイキング。あの場でとうとう自分達が実の親子でないと互いに認めてしまった。そのせいで家の中の空気もギクシャクしてしまっている。
(私、いつまでこの村にいられるのでしょう……)
本来の彼女は令嬢風の喋り方だった。なので心の声では今もそういう風に話してしまう。
未来の不安に思いを馳せてから、そんな自分の思考に違和感を覚えた。
すぐにどういうことか理解する。この村に来た最初の頃は、いつここから出ていけるのかと、そればかり考えていた。なのに今はいつここから出ていくことになるのかと怯えている。我ながら随分な心境の変化。
理由は明らか。ここがあまりに居心地の良い場所だから。愛してくれる両親に優しい隣人。誰にも脅かされることなく普通の子供としてのびのび暮らせる環境。ここにはかつて自分が求めていたもの全てが揃っている。
──“最悪の魔女”としての彼女はヒメツルという名だった。最低な国で最低な親の子として生まれ劣悪な環境で育った。偶然魔女として覚醒しなければ十歳のあの冬の日に命を落としていた。
力に目覚めてからは、それまでの分を取り戻すように奔放に、かつ贅沢な暮らしをして生きた。生まれ持った美貌と魔法を併用して馬鹿な男達を騙し、財産を巻き上げ、力づくで言うことを聞かせようとする輩にはそれ以上の暴力を浴びせて蹴散らした。
そして一七歳の時、またしても偶然手に入れた予知能力で自分から自由を奪う“天敵”が生まれることを知った。自由を何より大事にしていた彼女は激しく動揺したが、すぐにその天敵が力に目覚める前に殺してしまえばいいと結論付けた。そうしてやって来たのがココノ村だったのである。
(あの時は、あれが“自由”を守るために必要な選択だと信じていましたけれど……)
今になって思うと、当時の自分は“自由”なんかじゃなかったのかもしれない。世界には醜くて恐ろしいものがあると知っていたから、それを遠ざけるために強がったり逃げ回ったりしていただけだ。
本当の自由とは父や母のような生き方のことかもしれない。自分が進むべき道を見定め、ゆっくりとでも着実に歩んで行く。それこそが真の自由なのではと近頃そう考えるようになった。感情のまま動くことと意志を貫く強さは違う。
「ねえスズ、あそぼうよ〜」
モモハルが不服そうに唇を尖らす。この子も自由な子だ。どんなに退屈でもけして自分の傍を離れようとしない。
「はいはい、わるかったわね、いきなりちゅうだんして」
「じゃあこんどはスズがにげるんだよ」
「りょうかい」
鬼ごっこを再開する二人。だがスズランは複雑な気分だった。四年前、あの運命の夜に殺しそこねた天敵──それはモモハルなのだから。
彼はこの世界の神の一人“眼神”に選ばれた神子だ。本人も周囲の人間もまだ知らないが特別な力を有している。ヒメツルはその力のせいで一七歳から赤ん坊に戻されてしまった。
そして捨て子と勘違いされ、子供のできない夫婦に引き取られ、今に至ったというわけである。
(あの時、殺さなくて良かったとは思いますが……)
彼の両親、隣の家の宿屋を経営する夫婦も良い人達なのだ。あの二人を悲しませるような選択をしなくて本当に良かったと、今ではそう思っている。
でも、それだけに怖い。この村の人々が大好きだ。優しく愛おしい存在。そんな彼らも流石に自分の正体を知ったなら村には置いておかないだろう。
成長するにつれ、今の自分の顔も失踪した当時の“ヒメツル”に近付いていく。だから、いつかは必ず関係に気付かれる。同一人物だとは思わなくとも関係性を疑われてしまえばそれで終わり。この理想の生活を捨てて逃げなくてはならない。
彼女は史上最高額の賞金首でもある。大陸最大の宗教に喧嘩を売った上、恥をかかせてしまったから。彼等との戦いにココノ村を巻き込むくらいなら、また以前の生活に戻った方が良い。
確実に、いつかはその日が来る。だからその前に恩を返しておきたい。自分に普通の子としての幸せを与えてくれた両親と村の人々の役に立てたなら心残りは無い。
でも、今までそういうことを考えたことはなかったから、いったい何をしたらいいのかわからない。母が茶畑を作ろうとしているので、とりあえずその手伝いができればなとは思うのだが。
「あれ?」
ふと、後ろから迫ってくる足音も呼び声も聞こえなくなったことに気が付き、振り返る。すると今度はモモハルが足を止め、明後日の方向を見つめていた。
「どうしたの?」
「あそこ」
駆け寄ったスズランの前でどこかを指差す彼。スズランの母カタバミが育て始めた家の裏の茶畑、その外周の一角だった。
「あそこになにかある?」
見た感じ、特に変わったものは無いようだが、モモハルはうんと頷く。
「じめんから、なにかいっぱいでてきてる」
「なにか?」
気になって近付いてみたものの、やはりスズランには何も見えない。
しかし──
「ここは……!」
魔女としての感知能力が異常を見つけた。地面の下に極めて強い魔力の反応を感じる。
「なんかね、ひかりが“みち”になってて、ここでバッテンしてるよ」
地面を指差し両手を動かすモモハル。眼神の神子である彼にはスズランにすら見えないものが見えているのだろう。
「魔力の流れが交わってるってこと……? あっ、そうか」
以前読んだ本に書いてあった。地面の下には“地脈”といって魔力の流れる川のようなものがあるらしい。そしてそれの交わる場所では、ぶつかりあった二種類の魔力が混ざり合い新たな精霊が生まれてくるそうだ。
「いきものはいる?」
「うん、ひかるむしがいっぱいいる」
「やっぱり」
ここは地脈の交点で間違いない。精霊の生まれる場所。強い魔力が生命力に変換される土地。
思いついた。この場所を利用できれば母の役に立てるかもしれない。
「ありがとうモモハル!」
「うん?」
スズランに抱き着かれたモモハルは首を傾げたまま地面に倒れた。スズランの熱い抱擁を受けると何故かこうなる。赤ん坊の時から変わらない。
そんなモモハルを置き去りにして走り出す彼女。
「ごめん! あそぶのはまたこんどね! さっそくためしてみなくちゃ!」
「いいよ〜」
モモハルはふにゃふにゃと笑い、それなりに幸せそうだった。
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