最悪の魔女スズラン、そしてその父

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 一年後、カタバミの茶畑は大豊作を迎えた。スズランが地脈の交点を利用して開発した特別な肥料のおかげで。  しかもでき上がった茶葉は味も素晴らしいものだった。カタバミは村の仲間に楽しんでもらうつもりで作ったのだが、これならいくらか売りに出してもいいかもしれない。  カズラは妻と娘が丹精込めて育てた茶を味わいつつ、深夜、眠る二人から離れ一人別室の机に向かう。  スズランは地脈の交点のことをモモハル以外には話していない。しかし大人達は元からこの土地が少しばかり特別な場所だということを知っていた。  何故ならこの辺り一帯は昔から地震が多いのである。 「やっぱり対策をしなきゃ駄目だ……」  遡ること八年前、ココノ村は大きな地震に見舞われた。その時カズラとカタバミはそれぞれの家族を喪っている。他にも村は大きな被害を受けた。しかし人手が足りないことを理由に復興作業は行われても再発に対する備えは何もできていない。  先日のあの一件以来、カズラもまた自分にできることは何かと改めて考えてみた。スズランがいつまでこの村にいてくれるかはわからない。それでもあの子や他の子供達のためできることは全てしておきたい。  彼は元々学者を目指していた。あの地震で三年間通った大学をやめて村へ戻ってきたが、勉強は得意なのである。今は地質学について学び始めたところ。  周辺の地質や地形を詳細に調べ、災害が起こりやすい場所を特定しておきたい。そして再び大きな地震が起きた時、少しでも被害が減らせるように備えておくのだ。  スズランは自分達のために頑張ってくれた。懸命に努力する様を近くで見てきた。カタバミも全くの素人だったのに一年で見事に成果を出してみせた。  今度は自分の番だ。 「スズ、カタバミ、絶対に君達を守ってみせる」  五年後、実際に大きな地震がココノ村を襲った。  なのに被害は全く出なかった。カズラの調査と研究を元に村の人々が力を合わせ対策を行った結果である。  対策工事には、すでに魔法が使えることを明らかにしていたスズランも加わった。彼等父娘の貢献が特に大きかったことを認め、村の人々は二人を大いに称えた。  ところが直後、あの“最悪の魔女”の娘だと公になってしまったスズランはやはり村を出ていくことになった。ただしそれは村民達に謗られ追放処分になったからではない。  その逆だ。 「スズちゃん、辛くなったらいつでも戻っておいで」 「そうじゃよ、ここがスズちゃんの故郷なんじゃからな」 「うん、ありがとうみんな」  村の人々は誰一人として彼女を追い出そうとなどしなかった。そんなこと、思いつきもしない様子である。  彼女はもう、完全にこの村の一員なのだ。  出ていくのは一時的な措置。彼女が背負った大事な使命を果たすため。 「絶対、皆のことは守るからね」  かつて父が密かに誓ったのと同じように、彼女もまた決然とした眼差しで誓いを立てる。  スズランはこれから世界を救う戦いに身を投じる。この世界を消し去らんとする“崩壊の呪い”が、もうすぐそこにまで迫っている。対抗できる存在は彼女をおいて他にないと、神々がそう告げた。  だから、かつて“最悪の魔女”と呼ばれた少女は、今ではこの世界の“希望”となった。 「カズラ! ちゃんと守るんだよ!」 「もちろんだよウメさん」  村の最長老に激励され、娘の頭を撫でるカズラ。彼と妻もスズランやお隣の一家と共に、これからしばらくシブヤにあるメイジ大聖堂で暮らす。なんと隣の家のモモハルまでもが神に選ばれた神子だと判明した。  もう迎えの馬車は来ている。 「行こうかスズ」 「うん」  スズランは九歳になった。  でも、まだまだ小さい。  こんな幼い娘の肩に世界なんて大きなものが託されてしまっている。悲しい。悔しくもある。  けれど本人はやる気らしい。だったら父親の自分にできることは一つ。少しでもこの子の負担が軽くなるよう、傍にいて支え続ける。 「お父さん、敵をやっつけたら、またここで暮らそうね!」 「そうだね」  馬車に乗り込む二つの家族。窓際の席に座ったカズラは、ふと、娘と一緒に登った北の山に目を留めた。  あの頃に感じた不安はもう無い。何があってもスズランが自分達から離れていくことは無いとわかった。たとえ物理的に離れたとしても心は常に繋がっている。  この子はもう、いるべき場所とやるべきことを定めたのだ。 「お父さんとお母さんが一緒に来てくれるなら、なんだってできるわ」  そう言って笑うスズランの顔にも青く透き通った瞳にも、不安の色は微塵も残っていなかった。
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