はなひらく

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それでも夢は見た。 いつか息子を迎えにいこう。 ふたりで住めそうなここを借りた。パートでしか雇って貰えなかったから、昼と夜と二つした。それで正社員分の月給が得れた。 いつか、お金が貯まるから会いに行こう。悲しそうだったら連れて帰ろう。 そう思ってた。 いつかは来なかった。 追いかけても追いかけても、またひとつまたふたつと、どんどん時間ばかり先に行ってしまった。 私は間に合わなかった。 私の子どもはもう小さくはない。 けれど、新しい布団と大きくなった男の子用の着替えを買った。 私は夢を見たがってしょうがなくて、どうしようもなくなってた。 大きくなったあの子が自分で会いに来てくれて「おかあさん、」て呼んでくれるそんな夢。 それはもう絶対無い。わかってるのに諦められない。私はその無念をカタチにして押入れに封印した。 少し不思議な気がした。 今、封印を解かれた布団と着替えはちゃんと使われてる。それらが生まれたその目的そのもののために使われてる。 頭を拭かれながらそれらを纏いそれらに横たわるこの男の子が、気持ちよさげにも見えた。 そうだ、爪を切ってあげよう。水を吸ったあとだから、少しは切りやすいはず。髪はだいぶ乾いてた。 「爪切るから暴れちゃだめだよ。」 レモングラスを嗅いでるこにそういって、足をちょっと掴んだ。 プチん、プチん。 痛いと可哀想だから、少しずつ切ろうか。けど、なかなかになかなかだなあ…。 ふとカレをみたら眠ってしまってる。 そこで私は作業に戻る。 手の爪は起きてからにしようかな。そんなことを考えた。 爪を切り終えてまだ眠ってる。濡れたバスタオルを抱えて階段を下りる。 着てきた服も洗ってやろう。あとお風呂も掃除しておこう。元気だったら明日も洗ってやろう。銀の鱗が無くなってしまうまで。 何日かかけてのんびり洗ってやろう。 そのためにはお風呂が気持ちいい方がきっといい。 ひととおり浴槽を洗い終わる。洗い場の排水溝にはまあまあの毛玉。詰まるかなて思ったけど、浴槽も洗い場も詰まらずには済んだようだ。 まだ寝てるかな。もう起きたかな。 そうだ。スーパーにいこう。まだ少し財布にお金はあるし、あのこにアイスを買ってやろうと思った。 立ち上がると少しくらりとしたけど気にはならない。 そうでないとむしろ困る。 ひとつきで片付かなかったら路傍に出ないといけない。 スーパーはほんのすぐ先にある。 バニラのアイスを買ってやろう。 あの家の前に来てみる。 あのこが指さした窓のある家。 わざわざ寄ってみた。 でもなにもわからない。 みたまんまもふつうで、裕福でも貧しくもない住宅。 どこにでもあるショボいけど穏やか。そんな風情。 呼び鈴を鳴らすのはさすがにためらわれた。 ヒトの気配はしなかったけど、作今賑やかな気配の家の方が珍しい、そうでしょ。 ふと思い出した。 そういえばいつかの遠い遠い夜。 夜中に救急車が鳴ってた。 そんな夜が幾つか繰り返して。 別の日にざわざわ外で話す人たちがいて。 こどもが、なんとか、て。 …なんだったっけ。 そんなのが繰り返されて、そしてみんな忘れた。 それがこの家だったかな。こどもがあのこだったかな。 わからなかった。
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