0人が本棚に入れています
本棚に追加
知らない天井。
「気がつきましたか?」
知らない人。
自分は精神科医だという。
そうか。ここ、病院だな。
あのこはどうしたんだろう。
「ガリガリでぼさぼさの頭の裸足の男の子が、交番に来て"おばさんが死んじゃうから助けて"て言ったそうです。」
精神科医がそう言った。
そっか。歩いていって、喋ってくれたのか。
それから女の人が来た。市役所から来ました、という。相談員をしてる、とも言った。
そして私が退院する頃には、諸手続きが粛々と終わり、私の生活は保護されることになった。
これもあのこが交番に行ってくれたからかもしれない。お巡りさん経由だったから議員さん経由並みにスムーズだったんじゃないかな。
安い部屋に引っ越すことになった。レモングラスと布団と家電を少し持っていくことにした。
レモングラスが枯れてなくて嬉しかった。
引っ越す直前にあの家にいってみた。あのこが戻ってるのかもと思ったから。
ところが家は外側から不自然に施錠されてて、連絡を待つの張り紙があった。
連絡先は交番だった。
交番にいってみた。
まだ若いお巡りさんが話してくれた。
世帯の確認に巡回するのだけど、ここ数年確認がとれない家、いついっても誰も出ない家があって、それがあの家だった、と。
「あの男の子が来たときピンときたんです。あの家の子だって。」
そこでお巡りさんは事件性がある、でやっと家に入れたそうだ。
「そしたら誰もいないようで。」
防犯上、外から施錠して連絡を待つことにした、という。
あのこはどうしたんだろうそればかり思えた。
「役所で保護したと聞きましたが。」
お巡りさんが申し訳なさそうにいった。
引っ越してから数日後、私は電車に乗ってた。
レモングラスの鉢をもって。
昨日あの相談員をしてると言う女の人から電話があった。
あの、あの男の子のことなんですが、
あのこは来月16才になることがわかって、護ってやれる法律がなくなるのです。
居場所を聞いた。
病院にいるらしい。
だから電車に乗った、レモングラスももって。
古くて広い病院だった。
とりあえず一人の部屋に入れてある、という。
「セルフネグレクトがかなり重症なのですが、自傷行為は収まっているようです。全く見られないといっていいと思いますね。」
並んで歩きながら医者がそんなことをいってた。
「おはよう。」
そう言いながら医者が先に入った。
ベットのうえで丸こまってるのがあのこだろう。
もさもさしてる頭の先が見える。
私はとことこベットの傍にいって、レモングラスを摘んで差し出した。
匂いがしたのか男の子が顔を出した。
後ろにいた看護士(介護士かもしれないけど)がはっと息を飲んでたけど医者に止められてた。
レモングラスを渡すと両手で握って匂いを嗅ぎ出す。
「…お巡りさん、呼びにいってくれたんだ。ありがとうね。」
私はもしゃもしゃ頭を撫でた。ずっとずっと撫でた。
最初のコメントを投稿しよう!