裾の長さはいかがなさいますか?

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裾の長さはいかがなさいますか?

 当店では、裾上げ初回無料で賜っております。お買い上げ頂いたズボンは何本でも初回無料です。  夏の暑い日の事。昼過ぎくらいに男性のお客様がご来店下さいました。既にご希望のズボンがあるとの事で、それを持って試着室へ入室されました。 「すみません、裾上げお願いします」  丁寧な呼び方に、こちらも誠心誠意お答えしようと張り切って試着室へ向かいます。  カーテンを開けると、少しだけ裾の長いズボンをはいたお客様が、鏡越しに私に話し掛けます。 「すみませんね。少しだけ上げて下さい」 「わかりました。腰の位置は大丈夫ですか?」  そう言ってかがんで裾を折り返そうとすると。  クッサッ!  足の臭いが強烈すぎて目まいがしました。  人間は本能的に自分を守ろうとして防衛本能が働きます。 「とんなかんしにしますかぁ」 (どんな感じにしますか)  口呼吸が止まりません。  そんな時に限って作業が手こずります。 「もう少し短くお願いします」  「はい、こんなかんしてすか?」 (はい、こんな感じですか?) 「もう少し」 「こんなんてとうてしょう」 (こんなんでどうでしょう)  はよして! 天に召されてしまうわ!  まだ悪夢は続きます。  ズボンを縫うときもその臭いは私の鼻を襲い続けます。  ズボンに臭いが染みついてるやん!  勘弁して。  それが臭いからって手抜きをするわけにはいきません。きっちりバッチリ仕上げさせてもらいます。  やっと出来上がり、お客様に渡します。 「ありがとうございます。直ぐに仕上げてもらって助かりました」  私の鼻は犠牲になりましたが、お客様が喜んでくれたのなら良しとしましょう。  まだまだ悪夢は続きます。  それから何時間かは鼻が機能しません。  昼食も足臭い。  お茶を飲んでも足臭い。  試着室の床はもっと臭い。  足洗ってから来いや。  お客様自身は臭わないのでしょうか。とても不思議です。  因みに違う従業員さんは、この臭すぎるパターンで二回尻餅をついたそうです。  本日もご来店誠にありがとうございます。  
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