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6話 DM: [souta]
どれくらい眠ってしまっただろうか。
たくさん寝ているはずなのに、気分は一向にはれない。
気は向かないが2年は開けていないカーテンに手をかけて勢いよく開く。
窓の外は今まさに明るくなってきていることろだ。
遠くに映る住宅の屋根からオレンジ色の光が漏れ出しているのが見える。
こんなことがきっかけでこのカーテンを再び開くことになるとは思わなかった。
なんだかとたんにバカらしくなって笑いがもれる。
随分と顔の筋肉を動かしていなかったのだろう。口の周りが妙に引きつっている。
今日からやり直そう。まだ大丈夫なはずだ。
時間を確認するために、スマートフォンに目をやった。
通知をあまり見ないようにして確認した時刻は4:52だった。
素早くスマートフォンを裏返し、再び机の上に戻す。
寝起き特有の感覚麻痺が薄れていくと同時に、スマートフォンが気になりだす。
だめだ、見てしまっては。
自分のなかの、別のなにかを精一杯静止しようとするが、中毒症状のように全身がムズムズしてくる。
毎日欠かさずスマートフォンに釘付けだったのだ。そんな脳にこびりついた習慣を打破できるほど確固たる決意はなかった。
スマートフォンを表向きに戻し、電源ボタンを一度押して、待機画面を起動する。
薄めで確認した画面にははっきりと
――アプリSNSから通知があります――
――SNS:soutaさんがYutoさんをフォローしました――
と表示されていた。
諦めたように、スマートフォンを手に取りロックを解除する。
とは言え、このsoutaとのやりとりで生前臓器移植から開放されるのだ。
自分の意思の弱さを別の理由で納得させるかのように、何度も頭の中で復唱した。
とりあえず、朝食を食べて落ち着いたら返信しよう。こんなに早い時間だと相手も起きてはいないだろう。
久しぶりに昔の習慣だった寝起きのストレッチをして、まだ誰も起きていない廊下を歩き洗面台で歯を磨いた。
物音に反応して母親が寝室から顔を覗かせる。
歯を磨いている息子に驚いているのか、言葉をうしなって立ち尽くしている。
目には薄ら涙も見える。
少し気まずくなったのでなぜか一礼して、またゆっくり自分の部屋へと戻っていく。
まぁ数年振りの社会復帰の1日目はこんなものだろう。
そうしてベッドに腰掛けて、窓の外を眺めて時間が立つのを待った。
しばらくして部屋の扉の外でカチャっと何か音がした。きっと朝食だろう。
少し時間をあけてから、扉を小さく開けて隙間から確認するとお盆の端が見える。
こういう時に自分を気遣って無理に声をかけてこない母には感謝しかない。なぜ今まで鬱陶しいと感じていたのか。
お盆を部屋の中に引き入れ、朝食をとる。いつもはあまり味わって食べないが、今日はゆっくり噛み締めて食べた。
そして、いつものように空になったお盆を部屋の外にだして扉をしめた。
一呼吸置いてベットに座り、スマートフォンを手に取る。今日を最後にしよう。
――SNSにログインしました――
――Yutoさんがsoutaさんをフォローしました――
――Yutoさんがトークルームに参加しました――
2020/10/13 9:10 DM Yuto: 気づくの遅れてすいません。よろしくお願いします。
――soutaさんがトークルームに参加しました――
2020/10/13 9:19 DM souta: 別に良い。質問あるならどうぞ。
2020/10/13 9:25 DM Yuto: どんな理由で生前臓器移植をなさったんですか?
2020/10/13 9:28 DM souta: 単純に金かなー
2020/10/13 9:30 DM Yuto: 借金とかですか?
2020/10/13 9:35 DM souta: いやいやw 単純にお金が欲しくて割りの良いバイトを探してたんだけど、SNSでたまたま生前臓器移植のやりとりがオープンでされてるのを見かけてさ。
2020/10/13 9:39 DM Yuto: それじゃ自分から志願したんですか?
2020/10/13 9:42 DM souta: それがいくら探してもそれらしいアカウントが見つからなくて、とりあえず半年くらい死にたいって書き込みまくっておびき寄せたw
2020/10/13 9:50 DM Yuto: それじゃ本当にお金目的だけ?
2020/10/13 9:55 DM souta: そうw この移植のおかげで嫌な仕事止めることができてよかったよ!
2020/10/13 9:56 DM souta: もしかして本当に死にたくて誘われた口?
2020/10/13 10:01 DM Yuto: まぁ
2020/10/13 10:04 DM souta: 天然ものって本当にいるんだなw みんな死にたいは口実で金目的だと思ってたw
2020/10/13 10:09 DM Yuto: そんなことないと思います
2020/10/13 10:15 DM souta: だって世の中大半の悩みなんて金で解決できるだろ?金があれば学校も仕事も行かなくて済むし、嫌いなやつがいても遠くに引っ越せる。みんな金がないから泣く泣く死を選ぶんだ。
2020/10/13 10:18 DM Yuto: そんな人ばかりじゃないと思いますよ
2020/10/13 10:19 DM souta: 例えば?
2020/10/13 10:23 DM Yuto: 誰かに裏切られたショックとか、誰も必要としていない孤独感とか、お金じゃ解決できない
2020/10/13 10:26 DM souta: 裏切られたって言ってもそれは一過性のことだろう。誰も必要としていないってのも、案外自分の独りよがりなことが多い。どちらにしても、お金が間に入ってくれれば周りの人間は変えられるし、お金を見せればみんなが必要としてくれるだろ。
2020/10/13 10:29 DM Yuto: そういうことじゃなくてお金で必要とされるのは違う、と思う
2020/10/13 10:31 DM souta: お金を持ってる自分を必要としてくれることだって大切なことだろ。それ以外で必要とされる人間は少なからず何かを積み上げて、周りに何か与えている人間しかいない。間違っても死にたいって言っている奴が積み上げていない何かを持っているんだから、それを欲しがるのは違うだろ。
2020/10/13 10:36 DM Yuto: 説教されたいわけじゃない
2020/10/13 10:39 DM souta: それもそうだな。熱くなってしまってごめんな。
2020/10/13 10:42 DM Yuto: いいえ、僕もすいませんでした。
2020/10/13 10:46 DM souta: 俺が言いたいのは、もし死にたいって本気で言っているにも関わらず、こうして生前臓器移植ってものを調べている時点で生に未練があるってこと。本気だったら死に方なんで何でもよいから、チャンスがあったら死んじゃうだろ。そうじゃなくて一度、頭の中で考えているってこと自体が、死にたくないってことだと感じるよ。
2020/10/13 10:49 DM Yuto: それもそうですね
2020/10/13 10:55 DM souta: 俺は金目当てだったけど、よく考えてみればこのプロセス自体が自殺志願者を引き止めるような仕組みかも知れないな。自分の体を切って、死ぬか生きるか選ぶって工程がよくできている。
2020/10/13 10:59 DM Yuto: ちなみにどこを移植したんですか?
2020/10/13 11:07 DM souta: 右目眼球、右手上皮、大量の血液で3億2000万円。すごいだろ。
2020/10/13 11:11 DM Yuto: それだけでそんなにもらえるんですか?
2020/10/13 11:16 DM souta: いいや、眼球と皮膚だけで1億5000万円くらいだったな。俺の血液型は珍しくてほとんど人数がいないらしいんだ。だから要請があるときに血液を提供する契約で1億7000万円。
2020/10/13 11:18 DM Yuto: すごい
2020/10/13 11:23 DM souta: 夢があるだろ。でもまぁ目先の利益に目がくらんで、自由はあまりないんだけどな。
2020/10/13 11:26 DM Yuto: そっか、怪我とかできないから
2020/10/13 11:29 DM souta: ただ、後悔はしていない。全てをやり直す金が欲しかった。けして普通では手に入らない金だ。適当にあとは生きるさ。
2020/10/13 11:30 DM souta: もうそろそろ良いかな?時間がなくて。
2020/10/13 11:32 DM Yuto: はい。参考になりました。ありがとうございます。
2020/10/13 11:36 DM souta: 俺が言うのはなんだけど、よく考えて決めるといいさ。
―――soutaさんが退出しました―――
―――Yutoさんが退出しました―――
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