7話 DM :[Ayuko]

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7話 DM :[Ayuko]

何が何だかわからなくなってきた。 朝にしたばかりの決意がまたゆらゆらと揺れている。 生前臓器移植ってなんなんだ。 理由は人それぞれだったが、結局金が物事を解決しているような気がしてならない。 確かに死ぬ理由については自分がもっているそれはチープだったかもしれない。 ただ、胸の奥に何かが引っかかっているのがわかる。すごく鈍い痛みだ。 その痛みの正体はわからない。さっきまでは先が確かに見え始めていた。 soutaが言っていたことが自分を現在に引き戻し、足下を見せているような気がする。 どうにも地に足がついていない。 まだ手にしたままのスマートフォンのロックを解除してSNSアプリを急いで立上げる。 ――SNSにログインしました―― ――Yutoさんがトークルームに参加しました―― 2020/10/13 12:02 DM Yuto: 生前臓器移植って何なの? ――Ayukoさんがトークルームに参加しました―― 2020/10/13 12:12 DM Ayuko: いきなりどうしたの? 2020/10/13 12:15 DM Yuto: いろんな人の話を聞いたら混乱してきた 2020/10/13 12:17 DM Ayuko: 生前臓器移植は前も言った通り、命のリサイクルなの。死にたいって言っている人がいたら、その命を別の人に分けてあげる取り組みだよ。 2020/10/13 12:21 DM Yuto: 報酬があると結局死なない人が多いんじゃないの? 2020/10/13 12:25 DM Ayuko: 鋭いね、君。 2020/10/13 12:26 DM Ayuko: 君だから正直に言うけど、実は安楽死を選んだ人は1人だけなの。 2020/10/13 12:29 DM Yuto: じゃあみんな死なずに移植だけしたってこと? 2020/10/13 12:35 DM Ayuko: 死にたがっていたのに不思議に思うよね。でも死を目の当たりにしたからかな。やり直すための禊みたいな感じでみんな結局移植は行うのよ。そしてお金をおもらって親とかに恩返ししているみたい。 2020/10/13 12:38 DM Yuto: その気持ち、なんかわかるな。 2020/10/13 12:42 DM Ayuko: だいぶ変わったね君。短い間しか知らないけど別人みたいだもん。 2020/10/13 12:46 DM Yuto: そうかな、そうかも知れない。 2020/10/13 12:49 DM Ayuko: どうかな、生前臓器移植やってみない?安楽死じゃなくて、報酬をもらって人生をやり直すのはどうかな? 2020/10/13 12:55 DM Yuto: やり直すためにか、 2020/10/13 12:57 DM Ayuko:そう。今の君にはぴったりだと思う。 2020/10/13 13:05 DM Yuto: でもやっぱり怖いんだ。いろいろわからないことが多すぎて 2020/10/13 13:09 DM Ayuko:みんな始めはそう言うんだけど、結局笑顔で帰っていくよ! 2020/10/13 13:13 DM Yuto: そんなものなのかな。 2020/10/13 13:15 DM Ayuko:そうみたい! 2020/10/13 13:16 DM Ayuko:あと、一度断ったら2度とお誘いはないから注意してね! 2020/10/13 13:17 DM Yuto: そうなんだ、誰でもできるもんだと思っていた。 2020/10/13 13:21 DM Ayuko:適性っていうのかな。合う合わないがあるのよ。あと、需要と共有の関係で無尽蔵に紹介できるわけじゃないからね。宝くじに当たったとでも思えば良いと思うよ。 2020/10/13 13:25 DM Yuto: 確かにそうかも 2020/10/13 13:26 DM Yuto: やってみようかな。本当に大丈夫何だよね? 2020/10/13 13:29 DM Ayuko:嬉しい!前にも話をした通り、失敗したことはないし、世界を代表する一流の医者が手術をするから問題ないよ! 2020/10/13 13:36 DM Yuto: わかった。やるよ。 2020/10/13 13:40 DM Ayuko:ありがとうね。それじゃいくつか質問するね! 2020/10/13 13:45 DM Ayuko: 今回移植が募集されていのは「眼球」「皮膚」「血液」「肺」「腎臓」「骨髄」になるの。どこにする?数も選べるけど、お金をもらって生きるなら2個あるもの全部を申請しちゃダメだよ。キャンセルできないからね! 2020/10/13 13:48 DM Yuto: いきなり聞かれてもよくわからない、おすすめとかある? 2020/10/13 13:52 DM Ayuko: ある程度移植の副作用とか生きるのに困らない部位なら「皮膚」とか「骨髄」がおすすめだよ!「腎臓」も良いけど、腎臓の病気になっちゃったら代わりがなくなっちゃう。「血液」は変わった血液型の人だけできるよ!シス型とかRH-型とか聞いたことあるでしょ? 2020/10/13 13:56 DM Yuto: 僕は変わった血液型じゃないし、「皮膚」と「骨髄」にしておこうかな。 2020/10/13 13:59 DM Ayuko: それが良いかもね!査定のための検査があるから、そこで詳しい値段とか聞いてみてね! 2020/10/13 14:05 DM Yuto: わかった。部位ってあとで変えられないんだっけ? 2020/10/13 14:08 DM Ayuko: 変えられないのは査定が終わった後に書く書類にサインしてからだよ! 2020/10/13 14:11 DM Yuto: その書類にサインしなかったら? 2020/10/13 14:12 DM Ayuko: そこでおしまい。何もしないまま帰宅できるよ! 2020/10/13 14:15 DM Yuto: なるほど。とりあえず査定ってどうすれば良いの? 2020/10/13 14:19 DM Ayuko: 0120-***-***に電話してくれれば、検査の病院とか移動の車とか全部手配してくれるよ!事前に私の方から話は通しておくから、SMSのユーザー名だけ伝えれば良いの。 2020/10/13 14:25 DM Yuto: いろいろありがとう。まず、査定してみるよ。 2020/10/13 14:29 DM Ayuko: ううん、私のこそありがとうね! 2020/10/13 14:32 DM Yuto: それじゃ査定が終わったら連絡するよ ―――Yutoさんが退出しました――― 2020/10/13 14:39 DM Yuto: これから変わっていくんだ。 ―――Yutoさんがログアウトしました――― 早速スマートフォンに先ほど入手した電話番号を入力する。 躊躇していたことが嘘みたいに、その動きには迷いがなく、滑らかだ。 通話:0120-***-*** 「はい、株式会社リライフテクノロジー、生前臓器移植グループです。」 「あの、SNSで生前臓器移植に誘われまして」 「移植志望の方ですね。それではSNSのユーザー名を教えてください。」 「Yutoです。大文字のYに小文字のu、t、oです。」 「Yoto様ですね。確認いたしますので少々おまちください。」 「確認がとれました。それでは本日の夕方からお時間頂戴できますか?」 「今日の夕方からですか?いきなりですね」 「検査には時間がかかりまして、絶食など事前のレクチャーからさせていただいているんです。」 「特に予定もないので、大丈夫ですよ。」 「ありがとうございます。着替えや食事、その他日用品などは全てこちらでご用意致しますので手ぶらで結構です。」 「あの、スマートフォンはもっていけますか?」 「検査の時にはお預かり致しますが、お持ちいただいて結構ですよ。検査は移動など含めて3日程度かかりますのでご了承ください。」 「わかりました。」 「それでは住所を教えていただけますか?」 「東京都***区********です。」 「それで迎えの車が参りますので準備をしておまちください。この度は弊社株式会社リライフテクノロジーの生前臓器移植にお申し込みいただきありがとうございます。それでは失礼致します。」 電話を切ると、すごく長い時間が時が立っているような気がしてならなかった。 物事はあっという間にすぎているのだが、精神だけが長い時間を経験したかのように洗練された感覚に襲われる。 さっきまでは18歳の若者だったが、今はひと波の人生を経験した30代の気分だ。 今の勢いならいけると確信したので、日中ではあるが部屋の扉を開いて廊下にでる。 そして、リビングでテレビをみている母に向かって一言口にする。 「いままで、ごめん。これから少し出かけてくるよ」 母は、本当に驚いた顔をして、しばらく動かなかった。 そして僕が、部屋に戻ろうとすると、急いでかけよって僕の手を握って、うん、うんと言いながら泣いていた。 なんだか見ないうちに少し小さくなった母の肩を軽く抱いて、それから1人で部屋に戻った。 部屋に戻ると手が震えていた。 それとは裏腹に何も感じていない。おそらく、まだ感情が体に追いついていないのだ。 でもそれで良い。きっといろいろと溢れてしまったら、また引きこもってしまう気がするから。 そんなことを考えていると、スマートフォンが振動して通話を知らせているのが目に映った。 「はい。」 「株式会社リライフテクノロジーのものです。ご自宅の前につきましたのでご移動お願い致します。」 「わかりました。」 そういって電話を切って、部屋を出る。 母に一言「行ってきます」と声をかけ、母も「気をつけてね」とかえした。 やっと数年振りに普通の家族としての時間が動き出したのを確かに感じた。 家の前にはいわゆる黒塗りの高級車が止まっていて、ドアの前に黒いスーツの男が立っている。 僕をみると頭を下げて一礼し、そして車のドアを開けてエスコートした。 初めての高級車に緊張しながら、走り出す車の中でお金をもらったら親に恩返しをしようとか、帰ったらAyukoに連絡してみようとか新しい日常を出来るだけ前向きにイメージした。 久しぶりの乗り物特有の揺れと、新車の香りが、眠気をさそって、僕は車の中で眠ってしまった。
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