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大将が指定した孤島へ向かうと、集まっている神々はまだ少なかった。それぞれ、崖から荒波を眺めたり、丘の上で瞑想をしたり、空を飛ぶ鳥を目で追ったりと、一人で暇を潰している。どうにも、性根の暗い神ばかりが集められているようだ。悲劇に纏わる会議となれば、それも当然かもしれないが……
背丈の短い草が生え揃った平地に降り立ち、辺りをぼんやり見ていると、突然声をかけられた。ギョッとして振り返ると、そこには顔立ちが整い、フロックコートを着ている男がいた。どうも貴公子然としている。
「久し振り。また会ったね」
と爽やかな声で言われて、ようやく名前を思い出した。
「あぁ……〈寝取られの神〉か……」
「あまり嬉しそうじゃないね。相変わらず陰気だ」
そういう〈寝取られ〉は笑顔を浮かべて、随分と陽気に見える。時たまこういう奴が悲劇界にもいて、少し自信を失う。
〈寝取られ〉とは大分前に協力し、人間の善行を悲劇に直結させたことがある。その時は満足な仕事を行えたからいいのだが、当時から彼は明るく爽やかで、圧倒されたことを覚えている。
そもそも、僕達は普通なら馴れ合わない。自分達が司る分野に、ある程度の気負いがあるからだ。大半は性格も悪い。それに反して〈寝取られ〉は分野が極めて劣等な癖に気のいい奴で、交友の幅も広いから、例外的な存在だ。
「いやぁ、しかし、君も来てたんだね。この感じだと〈離別の神〉もいるのかな」
「〈離別〉? 友人なの?」
「顔見知りって程度かな。僕が勝手に気に入っているだけだから、彼女には言わないでね」
「あぁ、うん……」
何があったのかは知らないが、大方悲恋を構成した時にでも知り合ったのだろう。少なくとも寝取り寝取られは関係ない。思うに、彼は司るものの所為で大分損をしている。
それから暫らく二人で話していると――僕の方から提供できるような話題は殆どなかったが――大将が特に高い丘の上に降り立った。前にも増して老け込んで、白髪と白髭を盛んに伸ばしている。
ようやく主催者が現れたということで、皆が草原に集まり、大将を見上げた。「ゴホン」と大将が大きく咳払いし、形式的な言葉を本人すら大儀そうに読み上げる。僕は途中で飽きてしまって、先週の失敗をぼんやり思い出していた。
ややあって大将は語調を変えて、会議の開始を告げた。最初の議題は……
「昨今、悲劇において死人が急増しているように思う。これではあまりに陳腐だと思わんかね?」
僕は「あぁ……」と吐息を漏らし、細かく頷く。それについては、僕も思っていたことがある。
大将が言うように、なんでもかんでも最後が死、死というのは、少し陳腐、安易かもしれない。死んでしまえば、その人間の悲劇はそれ以上の発展も望めない。
「ですが」と口を挟むのは、やはり〈死の神〉だ。黒装束を纏っているが、不機嫌そうな表情は見える。「死は人間の最終到達ですから、死を以って悲劇が完成するのは、極自然なことのように思われます。仕方がないかと」
そう。それもそうだ。前任者から役目を引継いだ時期は僕と同じくらいらしいけど〈死の神〉とあって流石に堂々としている。
ところが〈後悔の神〉は不満があるらしい。猫背気味の姿勢で「それこそ安易じゃねぇか?」と毒を吐く。
「生き延びて生き延びて、死ぬまで悔い続けるってのも王道だろ。すぐ殺しちまったら勿体ねぇよ。第一、死を重要視するなら、あんまり乱用すると逆効果だぜ。そうすると、各方面に負担がかかる」
確か、彼は〈死の神〉の新人時代に世話を見ていたとかで、だからか言動も遠慮がない。〈死の神〉も彼の意見は一先ず受け入れて「尤もなご意見ですね」と述べる。
〈後悔の神〉が言うように、死は重大なものであればこそ価値がある。ところが、これがあんまり重なってしまうと、見ている側は飽き飽きしてきて、感情が揺さぶられなくなる。
そもそも僕達の一番の使命は、後継者に仕事を任せ、暇をしている神々のために悲劇を演出することだ。目的は彼らを楽しませることだから、ネタ被りはそれだけで危険要素となる。
特に死は本筋として扱う以外に、他の要素を使うべく、土台として用いる場合も多い。その時に「死ぬからどうした」と思われていると、悲劇全体が茶番と化してしまう可能性がある。
僕が傍観しながら頭をひねっていると、今度は〈病の神〉が「ですけどぉ」と頭一つ低いところから必死に声を出す。まだ新人なのに、よく頑張っている子だ。
「僕の病気なんかは、死に繋げないとやってられないですよっ。だって、皆さん、僕の後に仕事するの嫌がるじゃないですかぁ」
子供に痛いところを突かれて、多くの神が目を逸らした。恐らく、彼に案件の引継ぎを頼まれて断ったことがあるのだろう。
でも、これも仕方がないと思う。病を患って、しかし死なないとなると、悲劇として構成し辛いのは分かる。病を起点として不幸を立て続けに連鎖させるのは主流だが、やはり最後には死が似合う。
「そりゃお前は死に繋いでいいんだよ」と〈後悔の神〉。「あんな若ぇのに苦労させるこたぁねぇ。問題なのは、必要もねぇのに困ったらすぐ殺すことだ。そうすっと価値が落ちる」
これには〈死の神〉も全面的に同意したようで「実際、最近は仕事が多過ぎて参っていますよ」と苦言を呈した。最前、死を推していた彼も、投げやりにバトンを繋げられるのには迷惑しているらしい。
それから少しぼんやりしていると、第一の議題は「死亡は悲劇の十八番として引き続き扱いつつ、死が必要な状況を闇雲に形成しない」という安易な結論に辿り着いた。まぁ、このぐらいが妥当だろう。多過ぎるのも問題だけど、必要な時は絶対あるんだし。
「ふぅん」と〈寝取られの神〉
「こんな感じなら、すぐに帰れそうだね。君は意見とか出さないの?」
「まぁ、話すことないし……話したくないし」
「そっか。話が回ってこないといいね」
彼は屈託なく笑ったが、その気楽さが若干羨ましくなった。もし他の神々と同じように喋らされるならと思うと、気分が悪くなる……
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