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最後の議題は「悲劇における少女の扱いについて」。多種多様な場面でとかく少女が利用され過ぎているのではないか、という訳だ。
いつの間にやら近くに来ていた〈離別の神〉が「やっぱり多過ぎですよね」と〈寝取られの神〉に同意を求める。
「うん。少し前から思ってた。死の乱用よりも、こっちの方が深刻なんじゃないかな」
そうして会話する二人は、どうにも絵になっている。司る事象と容貌、性格は関係ないとは思うが、二人とも事象への向き合い方は真摯そうだから、そこは大きいのかもしれない。
さて、会議の方で最初に言葉を発したのは〈虐待の神〉だ。穏やかな声で「私もそう思っておりました」と言い伝え、コートを正す。
「少女ばかり傷つけられていることは、間違いないでしょう。しかし、男児を扱うより、悲しみの増加量が多くなる傾向も、また間違いなくありますから……」
どうやらそうらしい。〈虐待の神〉は随分昔に業務を引き継いだ大ベテランだから、一先ず信じてもいいだろう。皆が言うように、僕にも覚えがあるし。実際に男児よりも女児を利用することばかりだし。
「ってこたぁよぉ」と後悔の神。「こりゃどうしようもなくねぇか? 劣化する訳でもなく、バランスが悪いってだけじゃあ、方針を変える理由足りえねぇよ」
それが死の扱いと違う点だ。「また死んだよ」とはなっても「また少女かよ」とはなりにくい。「また病弱な「生贄の「親に捨てられた「人外の「幽霊の少女かよ」」」」」と幾らでもご隠居から文句は出てくるだろうが、悪いのは付加要素であって、少女という存在ではない。少年だろうが特に変わらない、と思う。
ところが〈病の神〉が言うには「でもこのペースだと、健康で心にも傷を負ってない子供の男女比率は、近い内に七対三にまでなっちゃいますよっ」ということらしい。
この発言は他の神々にしても想定外だったようで、余裕綽々といった様子で進行を見守っていた〈裏切りの神〉までもが目を見開いて「そんな馬鹿な……」と声を漏らしている。
混乱が広がる前に、大将が〈病の神〉の発言を認めた。傾向でもなんでもなく、事実としてそういうデータが出ているのか。知らなかった。
勿論、僕達は人間がそう思うのと違って、ガタイの良い男とひ弱な少女の価値に違いを見出していない。どちらかが滅んでも、等しく「あら残念」と思うだけだ。土台、そんなことを悲しがるような奴は、もっとましな職に就いている。
ただ、なんらかの比率が乱れて、人間界の調和が崩れてしまうとなると、事情が変わってくる。それが作為的なものならばまだしも、ちょっと人間界の様子が違うだけで、悲劇の構成も見直さねばならなくなる。常套手段が通じなくなる。だから、とても困る。
「で」と〈寝取られの神〉。「どうしてそんなことに? 理由が分からなければ、対処のしようもありませんよ」
「例の劣情組に聞いたらどうです」と言うのは〈死の神〉だ。「彼らの実績には偏りが見られますが」
「えぇ、そうですけど、彼ら――〈陵辱〉とか〈調教〉とかは、とても恥ずかしくって、この場には来れないということですので、なんとも」
不憫だなぁ、と他人事らしく気軽に思う。〈寝取られの神〉はかなり器用に立ち回っている方だ。彼と役割が近しい神々は、殆どが個人的依頼に振り回されて、すっかり下品なイメージがついてしまった。実際、メインの仕事からも合理性が削がれてきていて、変態的に見えるし……なんだかすまない。
「じゃあ病は? 見た感じ、男よりゃ女が多いが」と死の神。
「いえ、個人でなくて集団を対象にとることも僕は多いのでっ」
「そういやそうか。悲劇の範疇外で無差別に殺してらぁ。じゃあ虐待。あなたは子供が十八番でしょう?」
「えぇ。ですが、私も悲劇の焦点を少女に絞りこそすれど、それに伴って男児を傷つける事例が大半。子供が多数いる中で娘一人を傷つける親など、演出が少々厄介ですから……」
「それもそうですね。失敬。では……」
そこで言葉を区切り〈後悔の神〉が辺りを見回す。標的にされるのを億劫がって、若年層の神々が目を背けるのがよく分かった。例に倣って僕もそうした。
そこで嫌らしく口を挟んだのが〈裏切りの神〉だ。「苦痛はどうでしょう?」と微笑みを交えながら提言する。
「あぁ……確かに」と納得した感のある〈後悔の神〉。これで参ってしまうのは、当然話題に挙げられた〈苦痛の神〉だ。
……とても、参った。
「お前さんよぉ」と声を張って〈後悔の神〉が僕の方を向いた。心底止めてほしい。
「最近、結構励んでるじゃねぇか。傾向はどんなもんよ」
傾向、と言われても咄嗟に反応できない。標準が分からないから、どんな言葉で表現すればいいのか判断がつかない。
「確かなのは」と言葉を絞り出す。「少女が多いです。多分……少しだけ」
存外に間抜けな口振りになったが、一先ず言いきった。ほっとしていると、間髪入れずに言葉が飛んで来る。
「だが、苦痛は多くの悲劇の根源足り得るだろう? 母数が多けりゃ、割合が多少ブレているだけでも、全体に影響が及ぶ」
急に語調が変わって、一語一語の音節が明瞭になった。その分だけチンピラらしさが薄れて、余計に気分が悪くなる。
僕が言葉に詰まっていると〈病の神〉が「そういえば」と何か気付いたように呟いた。すぐにそちらを向いて、一瞬の息継ぎを望む。
「当代の〈苦痛の神〉さんの仕事量って、先代、先々代より格段と多いみたいなんですよ。ご存知でしたぁ?」
全く知らない。首をぶんぶんと振って否定の意を示すと〈寝取られの神〉が「へっ?」と声を漏らした。
「知らないでやってたの? 仕事熱心なんだと……」
その言葉を聞いて、自分でも表情が歪むのが分かった。そうとも知らず、僕は毎日毎日人間界ばかりを覗いて、不平を言っていたのか……? しかも、それで今、責任が向きかけているのか……?
いや、それにしたって、なんで誰も言ってくれなかったんだ。僕がコソコソし過ぎていたんだろうか。もっと堂々と協力を申し出れば良かったのか? でも、痛みなんていつでもどこにでも多くあるに越したことはないんだから、一々言ってられないし……
そんな僕の様子を察してか〈後悔の神〉が同情の視線を向けてきた。憐憫の情というか、なんだか残念な奴だなぁ、という感じだけれども。
「聞いたな? お前はバランスが取れてないまま、仕事を増やし過ぎてるらしいぜ。ちょっと休むこったな」
「はい……」と情けない声を出して、細かく数歩後ずさる。冷や汗をかきながら、やっぱり面倒なことになったと、何故だか余所の話みたいに考える。
「じゃ、こんなとこか? 劣情軍団には俺が後で言っとくし、個人的な依頼は減らすように、先輩方にも忠告しておこう。俺じゃなくて大将が」
さりげなく厄介事を投げたが、大将は特に気にした風でもなく「うむ」と一言、了承を示した。貫禄があるというか、何を考えているのかよく分からない。普段も何をしているんだろう。僕の方までは、指示が飛んできたこともないけれど。
さて、それから細々とした話が続き、それらもまた、安易で程度のいい辺りで決着した。僕は〈寝取られの神〉や〈離別の神〉と違って、敢えて言葉を発することもなく、オブザーバーみたいな気持ちで会議を終えた。
大将が解散を宣言したところで、大きな溜息が勝手に溢れ出た。終盤はただ立っているだけだったのに、もしも何か言われたらと思っているだけで、結構な心労になるようだ。
当然、人格・要望双方備えた二人の神はそんなこともなく、僕に別れと少しの労いを告げて、とっとといなくなってしまった。僕は暫らくキョロキョロしていたが、皆が続々と根城へ帰っていくのを見て、慌てて島を離れた。行きも帰りも手漕ぎのボートだ。飛べる神々が羨ましい。
陽は沈んで、とっくに月と星々が幅をきかせている時間だ。一人、激しい荒波に揉まれながら、そこまででもなかったな、と馬鹿げたことを考える。物事がとうとう終わると、なんとなくこんな意識が沸いて出てしまう。嫌なことだ。
けれども、やっぱり本当に不幸なのは、人間ということになるのだろう。僕達の演出の道具にされて、時には玩具にされる。だのに、当人達は必死に自分の運命を切り開いているつもりで、幸福を信じているのだから、不憫というか、哀れなものだ。下を見て安心したい訳でもないけど、僕の方が余程上等な生き方をしていると思う。
昨夜、寝る前にした最後の仕事は、確か年端もいかない少女を対象にとったものだったっけ。世界を救うとかいう名分を掲げさせられた勇者の仲間だったとか……違ったっけ? まぁ、それはいいか。
色々あって魔物側についたはいいけど、最期は勇者に斬り刻まれることになって……痛そうだったなぁ。心も体も。僕だったらとっくに吐いてる。
〈裏切りの神〉は役目が済んだら関係ないってスタンスだから「適当にやっといてください」って言っていたけど、ちょっと適当過ぎたかな。あんなに傷つけないでも良かったかもしれない。
あの勇者、信じられないくらい怒ってた。もしもこの話を聞いたら、早速首を斬りにくるかもしれない。とてもじゃないけど、あんな怒りを押し付けられるのは面倒だ。
結局、可哀相だなんだとか言ったって、僕達と彼らでは生きている世界が違う。酷なことはしている自覚はあるけれど、浮かぶ思念は面倒、かったるい、手間を取りたくない、その他云々。
とても駄目だ。努めて感情を持とうとしたとて、どうにも雑念が入ってくる。
こんな奴に痛みを与えられて、つくづく、人間って悲しいなぁ。
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