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そんな真樹さんも順調に快復して退院の許しが出た頃、優司さんは決心をします。真樹さんを一生サポートして行くと。
2人はバリアフリーのマンションで一緒に生活を始めました。ちょうどそんな時です。優司さんがDJとしてのデビューを飾った、あの東鹿のラジオ局から連絡が来ます》
海水浴場。陽の当たり具合から夕方だろうか。バーベキューのグリルの前で笑う優司達を写した写真。
《優司さんが発起人になって始まったSurf106の海水浴場からの生放送。
それは年々規模を拡張させながら続き、ついには場所を漁港の空き地に移し、野外フェスへと変貌を遂げたのです。その初回の演者の中の一組に、Off Shore Dreamを招待したいとの連絡でした。
優司さんが東鹿を去る最後の放送で。当時深夜の時間帯を担当していたDJと約束をしていました。ユージが言い出しっぺで始めた夏の企画がフェスになった時は呼ぶからな、と。
その深夜担当のDJは、Surf106を放送するFM東鹿の局長になっていました。優司さんを凱旋させたのは、当時のDJ仲間でもあった、局長の秋田保さんです。
秋田さんは優司さん── Off Shore Dreamに一つの条件を出しました。それはOff ShoreDreamとしてのステージとは別に、優司さんが歌うということ。しかもロック。
そんな時、優司さんが感じた『何か』があったと言います》
画面は再び、ソファーに座る優司へ。
「無茶なこと言うなぁ、タモツさんは。って思ったんですけど。意外にも靖夫さんがノリノリで。以前はロックがイヤでメジャー契約も台無しにしたような人が。
僕達、すでにジャンルを越えた場所に到達していたんだなぁ、と実感しました。僕がDJを目指した、そしてミュージシャンとしてステージに上がろうと思ったきっかけの考えなのですけど。
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