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デビューしたばかりのロックシンガー、石川ヤスヲに呼び出された優司が深夜のジャズバーへやって来た。
渋谷の片隅…… よく「ホテル街」と称される一角にある、ビルの上階にある店。デビューを果たす以前のヤスヲがベーシストとしてステージに上がり、そして店員として働いていた店だ。
「よう!ユウちゃん。こっちこっち。まぁ、座れ」
「なんスか、ヤスヲさん。こんな時間に呼び出して」
ヤスヲに手招きをされるがまま、その向かい側に腰を降ろす優司。
「単刀直入に言おう。この前の話の続きだ」
「…… どの話っスか」
「オレとジャズバンドを組まないか?」
ヤスヲの発言に優司は大袈裟に頭を抱え、そしてひとつ大きな溜め息を吐く。
「あのねぇ、ヤスヲさん。立場わかってます?今や6人目のETメンバーとも囁かれる、飛ぶ鳥を落とすための鏃さえも落とすスーパースターの卵なんですよ。
それを今さらジャズバンドって…… それに俺、もうピアノ弾いてないし」
『ピアノを弾いていない』優司。最後に鍵盤に触れたのは、東鹿にある海が見える店、『sweet 16』。それもお遊びでだ。
「オレは本気だ…… 最終兵器も用意している」
「な、なんスか…… 最終兵器って……」
「じゃあ、ユウちゃん。誰かのためにもう一度ピアノを弾くとしたら、誰がいい?」
ヤスヲの質問に思いを巡らせる優司。
誰のためにピアノって…… 俺、ボーカルの紺野美菜子ちゃんがいたから、Off Shore Dreamだったからピアノを弾いていたんじゃないか。
「もう、いい思い出ですけどね。高校時代に組んでいたバンドのためにだったら、一肌脱げるかなぁ……」
優司はなぜ、高校時代にピアノを弾いていたのか。それは楽しかった仲間の── 大好きだったOff Shore Dreamのためだったからに他ならない。
Off Shore Dreamがない今、ピアノを弾こうと言う情熱すら湧かない。
でも…… 逆を言えば。今ここにOff Shore Dreamがあったなら。俺はピアノを弾くのだろうか……
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