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俺の名前は尾倉元基。
22歳。大学を卒業したばかり。
俺は今日、告白をする。
意中の相手と出会ったのは、高校の時。
確か、桜の花が開いた頃だった。
その出会いは偶然だった。
その出会いで、俺の人生が変わった。
相手を初めて見た俺はすっかり虜になり、相手のことをもっと知りたい、と思うようになった。
けれども、俺みたいな者が気軽に話せる相手ではなかった。別の世界の住人なのだ。
大学に入ってから、相手が働いている場所に行ったことがある。大学の授業も放ったらかしで、毎日毎日、通い詰めだった。たまに目が合ったと思うと、何だか照れくさくなった。
そして、実際に話をすることもできた。それは打ち上げの場だった。さらに俺は、相手のことを好きになった。
相手のTwitterアカウントもフォローした。俺が相手のツイートにコメントすると、たまにリプライがくる。とても嬉しかった。
就活もせず、大学を卒業した俺はとうとう決心した。告白しようと。
俺はとあるビルの前で相手を待っている。
髭を剃り、髪もさっぱりとし、就活でろくに使っておらず、ほぼ新品のスーツを着た。ネクタイもお気に入りのもの。
おそらく今日は14:45に相手の仕事が終わり、5~10分後には帰りの準備を終えて、出口に出てくるだろう。
その時間が近づくにつれて、俺の心臓の鼓動は速くなる。
通行人は、俺のことをジロジロ見てくるが、そんなことは気にしない。運命がかかっているのだ。
聞き覚えのある声が聞こえた。
待ち侘びた相手である。1人だった。
相手は俺のことが見えていないように、駅の方へ向かおうとしていた。
ヤバい、チャンスを逃してしまう。
俺は相手の跡を追い、声をかける。
「あ、あの…すみません…」
緊張して、名前を呼べなかった。
相手は立ち止まり、振り返った。不思議そうな顔をしていた。
今だ。俺は思い切って言った。
「……弟子にしてください!!!」
「…何か飲む?」
「えっと…では、コーヒーで」
「オッケー。すみません、コーヒー2つで」
俺は、さっき待っていたビル(上野にある寄席)の近くにある喫茶店に連れてこられた。目の前にいるのは、俺の意中の相手、古今庵雷門師匠。
俺が師匠と出会ったのは、高校の時。3月に開かれた芸術鑑賞会で落語を聴いた。色々な落語家さんがやって来たのだが、1番面白かったのが雷門師匠だった。当時はまだ二つ目だったのだが、俺の印象に残ったのだ。
落語の面白さに気づき、それからCDやDVD、ネットで落語を聴くようになった。雷門師匠の落語ももっと聴きたいと思ったのだが、二つ目であったため、CDやDVDも出ていなかった。
落語会に行けば会えるのだが、俺は田舎に住んでいて、東京に行くのは時間もお金もかかるため、行けなかった。
大学に入学して、俺は上京し、1人暮らしを始めた。大学ではもちろん、オチケンに入った。アルバイトもして、そのお金は寄席ーーー落語家が働いている場所ーーーに費やした。俺が大学生の間に雷門師の真打昇進披露があり、毎日寄席に通ったものだ。
寄席だけではなく、個人が開く小さな落語会にも行った。そこでは、終演後、打ち上げがあり、雷門師匠と他のお客さん、主催者さんと飲んだ。雷門師匠と話すのは楽しかった。落語の面白さだけではなく、人柄にも惹かれ、落語家になるならこの人しかいない、と思ったのだ。
「名前は?」
「学生さん?今は何してるの?」
「どうして落語家になりたいと思ったの?」
「親は何て言ってるの?」
「やめといたほうがいいんじゃない?食っていけないよ」
「今、落語家になりたい人がいっぱいいて、楽屋入りはまだ先だよ」
雷門師匠から色々な質問をされた。俺は丁寧に答えていった。弟子入りを認めてもらうために。師匠はうんうん、と頷いている。
「落語家になるにしても、他の師匠のほうが良いんじゃない?俺はまだ真打になったばかりでこの先どうなるか分からないし」
「いえ、私は落語家になるなら雷門師匠だ、とずっと決めていたんです。高校の落語会で初めて見てから。雷門師匠の落語が1番ですから」
俺は言い切った。
「…面と向かって言われると照れるなあ。告白されたみたいだ」
そう、告白。
「弟子にしてください」と伝えることは、好きな人に「好きです、付き合ってください」と告白するようなものなのだ。
雷門師匠はコーヒーを飲んでから、言った。
「まあ、そこまで言うんなら、しばらく毎日うちに来てよ」
「は、はい!わかりました!よろしくお願いします!」
俺は深々と頭を下げた。
それから1週間が経った後、履歴書を提出し、俺は正式に弟子として認められたのだった。
俺の告白は成功に終わった。
そして、十数年後、俺は才能を開花させて、立派な真打になるーーー
のは、また別の話。
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