輪郭線の音色

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   崩落した泥土が赤い河となって帰路の足を阻んだ。何度も滑りながら坂を降った。眼下の浜に打寄せる荒い大波や、傾ぐ木から飛ぶ葉たちが激風の流れを立体視させた。帰りは鹿たちの姿がどこにもなかった。雨は容赦してくれなかった。港に辿り着いた時には全身が水浸しだった。芯まで濡れてしまった。大雨や時化で船がやって来ないかもしれない不安よりも、スケッチブックの無事だけを気にしながら、漁師小屋のような待合所で寒さに震えた。  帰りの船は優しく走った。フェリーへの乗り換えを待つ間、私はベンチに横になって震え続けた。フェリーの中では毛布に包まって震えた。スケッチブックは胸に抱いたままだった。どうやって電車に乗って、どうやって家に着いたかも憶えていない。熱に魘された私はそのまま倒れるように寝込んでしまった。  目覚めると何もない部屋の中には、私と旅の道具だけが居た。  熱は旅での体験を夢想の記憶へと変えてしまった。取り戻したリズムが消え、音楽は聴こえなくなった。スケッチブックは抱き締めた私の身体の形に捩れたまま乾いて固まっていた。  
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