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出て行った彼には縋れなかった私がスケッチブックには縋った。想い出を取り戻そうと、重なったページに必死に爪を立て捲ったけれど、溶けた絵具と癒着した画用紙が破れてしまった。何度も繰り返して少しずつページを剥がした。想い出は取り戻せず裂けた。諦めたくなかった。その中に在るのは与えられた色ではない、私だけの、私が作りだした色たちだったから。
なんとかやっと、薄いバウムクーヘンの層のように湾曲したスケッチブックの中身を一ページだけ開くことが出来た。
撓んだ画用紙の上に描かれているのは、沢山の風鈴のある校舎だった。
溶け流れ混ざり合った薄いサイケデリックな彩色は夢を描いているように崩れていたけれど、鉛筆の下描きだけはしっかり残って現実を伝えてくれた。
その輪郭は目を閉じても瞼の中から消えなかった。
私はそのぐちゃぐちゃな絵を抱き締めた。
耳を澄ますと、輪郭線だけの風景から音色が鳴った。
明日を教えてくれる音楽が「新しい色を塗れ」と歌っていた。
私はメロディーに頷いた。
誰の真似でもない、自分自身にしか出せない色で、未来を染められる気がした。
了
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