輪郭線の音色

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   帰る日の朝は残念ながら曇り空だった。最後は、船が迎えに来るまでの早朝の時間を使って風鈴のある校舎の絵を描こうと思った。丁寧に下書きした。風景の中に簡略化出来る不必要な部分なんてなかったから。何百個の風鈴のそれぞれが持つ多彩を、ありのままの的確な色で小さく点描した。風の流れを表す空は、水で薄く引き伸ばした青を、迷う心を捨てて大きな筆で大胆に塗った。空が乾く前に白い雲を滲ませた。残り少なくなった絵の具で苦心して描いた絵は今までで一番薄い色合いなのに、濃く心に残る不思議な出来だった。  それはスケッチブックの最後のページの一枚だった。私の旅はこれで終わりだと思ったらまた涙が落ちた。  涙だと思ったのは雨粒だった。空の色は漆黒に変わっていた。突然の豪雨に絵が濡れそうになったので、それを抱かかえて校舎の中に戻った。天気予報は三日間晴天だと言っていたのに、急な台風が近づいていた。キャンプの小学生の団体は昨日のうちに帰宅していて残っていたのは私だけだった。雨脚が強くなり風も吹いてきたけれど、波には問題無いから船は迎えに来るとのことだった。私は急いで帰り支度をした。薄い布製のリュックサックは雨が浸透する気がして、スケッチブックを服の下にいれて懐に抱えて持って帰ることに決めた。
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