名もなきワルツを踊る

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 次の週、いつものバスに乗ってバレエ教室に向かう。セイラ先生はこの前と同じく、レッスンの合間の休憩時間、外のベンチに座り、春の陽に包まれている。 「こんにちは」  現れた清美の姿に一瞬確かめるように目を細めてから、 「こんにちは」  そう返す先生に 「セイラ先生。私、やめるのを、やめました。  今日も、ビシバシ、宜しくお願いします」  元気よく清美が挨拶をすると、セイラ先生はふっと微笑む。  そうして桜の木を眺める。 「桜、今年はやけに早いんですよ。もうちょっとゆっくり咲いてくれていたらいいんですけどね。桜って花ひらくまでは、まだかまだか、って感じじゃないですか。でもその時が一番尊くて、美しい時期なんじゃないでしょうか。  咲いてから、お花見でわいわい、みんなが愛でる時よりも、暗い散歩道で、街頭に照らされた蕾を、夜空の中に一人見上げた時。  花ひらくその瞬間が、一番美しいと思うんです」 「花ひらく瞬間、ですか」  清美もセイラ先生の視線を追い、桜の木を見上げる。 「そうです」  セイラ先生はそう言って立ち上がる。  目が合い、先生と微笑み合う。 「さ、清美さん、始まりますよ」  ちょっと遅いかもしれないけれど、まだ花ひらくだろうか。  今この瞬間から、私は私を、始めることができるだろうか――。  清美は、スタジオの扉を開く。  熱のこもった空気がぶわっと顔を覆い、春の午後に舞った。 《了》
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