名もなきワルツを踊る

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 思えば、スーパーや近所の病院へ行く他に、こうして一人でバスに乗って知らない場所へ向かうのはものすごく久しぶりだった。  二十分ほど乗ると、バレエ教室の最寄りの停留所に到着する。バスを降りて向かいの通り沿い、コンビニ横の脇道を少し進んだところに「セイラバレエ教室」はあった。  こじんまりとした建物の隅に、何台か止められた自転車の奥、細っこい文字で書かれた看板が立て掛けてある。扉を開くとちょうどレッスンが終わるところだったのか「ありがとうございました」と両手で輪を作り右足を滑らかに滑らせお辞儀をする子どもたちが、わらわらと水筒とシューズ袋を携えて二階へ駆け上がっていく。  全面を鏡で囲われた、清美にとっては初めての空間に戸惑う。    スタジオの中央には、切れ長の目をした背の高い女性がこちらを見ることもなく、ストレッチをしている。軽快なワルツのリズムが流れる中「あの」と細い声を出したところで、どこからともなく現れた若い女性が「バス停で電話をくれた方ですか」と声をかけてくる。  どうやら、パンフレットを忘れた女性らしい。
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