名もなきワルツを踊る

4/12
前へ
/12ページ
次へ
「私はアシスタントの井出(いで)です。わざわざ本当にありがとうございます」  何度もお礼を言って頭を下げるので清美は「いえいえ」と首を振る。 「セイラ先生、パンフレット見つかりました。すみません、ご迷惑おかけました」  井出さんが声をかけるが、セイラ先生と呼ばれたその人は「よかったわね」と一瞥(いちべつ)をくれることもなく言うとストレッチを続ける。  さっきの子どもたちのレッスンの後だからか、スタジオは熱気に満ちていて、立っているだけで汗をかきそうだ。それでも、受付に飾られたバレリーナたちの写真につい目を奪われてしまう。  くるみ割り人形、ジゼル、眠れる森の美女、白鳥の湖……。  どれもこの世のものとは思えない美しさ。 「あの、もしよかったら」  井出さんが清美の顔を覗き込む。 「この後、二時から大人のバレエがあるんですよ。体験してみませんか」 「え?」  いいですよね、セイラ先生、と井出さんが声をかけるが彼女はうんともすんとも言わない。心配そうにしている清美に 「あ、何も言わないっていうことは、オッケーってことです。大丈夫です、セイラ先生、口は悪いんですけど、良い先生なので」  井出さんは満面の笑みでこちらに向き直る。 「はあ」 「それにお礼に、といっては何なんですが、ウェアも貸し出しますので」    話を進める。  いやいや、レオタードやタイツなんて着れたもんじゃない。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加