名もなきワルツを踊る

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 その後、いくつかのバーレッスンの基本形を音楽に合わせて行うが、動作や振りの順番を覚えるだけでも一苦労だ。それでも、どこにそんなやる気があったのか、自分自身でも不思議なくらい、どうにかついていきたくて必死に食らいついた。  息のあがった清美に 「清美さんは才能がありますね」  思いがけないセイラ先生の言葉に清美は驚く。 「バレエの、ですか」 「いいえ。フォームはめちゃくちゃです」  冷たく言い放つ。 「はあ」 「自分を美しく見せようとする意識です、それは才能ですよ」 「美しく見せようとする意識、ですか」 「バレエで一番大事なのは体型でも柔軟性でもありません。鏡を見てください。自分のことを美しく見せようとする意識です。強さと美しさ。自分が美しいと思っていないものは、見せても誰も美しいなんて思いません」  四十五分間の体験レッスンを終え、更衣室で着替えていると、同じ「佐藤さん」が声をかけてくる。 「清美さん。昭子です、佐藤昭子(しょうこ)。宜しくお願いしますね」  清美は「こちらこそ」とお辞儀を返す。昭子さんは清美より年下だろうか。四十代前半くらいに見える。 「セイラ先生、厳しくて毎回ヘトヘトになるんですけどね。それでも毎週来ちゃうんです。ほら、大人になってからそんなに厳しく、はっきり誰かに言われることってないじゃないですか。一種の、ファン、ですかね」  昭子さんは茶目っ気のある顔で笑う。
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