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 「へっ、ぷっしゅん。へっ、ぷっしゅん。へっっっ、ぷっしゅん。」  帰宅したお父さんが「ただいま」の代わりに、大きなくしゃみを立て続けにする。  お父さんの癖のあるくしゃみに、無意識にリズムを取られて、一緒になってくしゃみをした気分になって、疲れる。  「汚いなぁ。ちゃんと手で押さえて。」  私がティッシュの箱を差し出すと、2枚抜き取って、鼻をかんだ。  「ごめん、ごめん。何か、この部屋入ったら、急に来て。」  「何?その歳になって、花粉症になった?」  夕飯の用意をしているお母さんが、フライパンから手を離さずにお父さんに話しかける。  「えぇっ!そうなんかな?さっきまで大丈夫やったんやで、外にいててもくしゃみなんか出ぇへんかったのに。あかん、またや。へっっ、ぷっしゅん。」  私は嫌悪感を露わにしながら、お父さんから離れた。  「あっ、そうや。この辺で、小っちゃい子がいる家ってある?」  テーブルを拭いて、お皿やお茶碗を食器棚から出しながら、昼間の事を思い出して聞いてみる。  珍しくお手伝いをしているのは、空腹の為、夕飯が出来るのを待ち焦がれているからで、何より味見の機会を逃さない為にだ。  「小っちゃい子?幾つくらい?」  お母さんが野菜炒めを大皿に移し、テーブルに置きながら聞く。    出来てしもたやん。お父さんのくしゃみに気を取られたせいで、味見のチャンスを逃したわ。  時々くしゃみをしつつ、鼻をかんでいるお父さんをしっかり睨む。  「2,3歳?3,4歳?くらいかな?立って歩けるくらいの子供。」  「結構な幅やなそれ。でも、この辺の小っちゃい子って言うたら、みんな小学生くらいと違うかな?竹山さんとこのミーちゃんもこの春から小学生やって言うたーたし。」  完全な鼻声のお父さんが、ティッシュを離さずに答える。  「やっぱりそうやんな。」  私も昼間に思い出した中でも近所の小さい子供は、竹山さんとこのミーちゃんだった。  「何?子供がどうしたん?」  お母さんが熱したフライパンに冷凍餃子を並べながら質問する。  野菜炒めの匂いもそうだけど、餃子の皮が焼ける匂いはもっと空腹の胃を刺激する。いや、胃では無く、つまみ食いへの自制心を試しているのだろう。  「今日、昼寝から起きたら、小っちゃい子が家に居たんよ。」  「えっ、何それ?誰?」  フライパンから目を離さなかったお母さんが、驚きというより、疑いの目を私に向けた。  「誰か分からんから、聞いてるんやけど。」  「あぁ、そうか。」  お母さんは再びフライパンに視線を戻すと、火の調節をした。  「里奈、それはアレちゃうか?小っちゃいおっちゃんの子供バージョンや。」  お父さんは何故か嬉しそうに、冷蔵庫から発泡酒を取り出して、食器棚からグラスを取り出した。  「お父さん、飲む前にお風呂入れてきて。」  お母さんは視線も動かさずに、お父さんのくつろぎを阻止する。  「は~い。」  お父さんは、抵抗すること無くお風呂場へ行った。  「里奈、その子供って、男の子?女の子?」  「え~…。男の子かなぁ?あ、でも、髪が長かったような気も…。」  今思い出しても、姿形はハッキリ覚えて無くて、小さな子供がいた事しか印象に残っていない。  「名前は聞いてないん?」  「声掛けたら、何も言わんとどっか行った。」  「何処の子なんやろな?迷子や無かったらいいんやけど…。」  「それ、『座敷童』とちゃうか?」  お父さんがいつの間にか戻って来て、流れるような動作で発泡酒の缶を開けるとグラスに注ぎながら、会話に入って来た。  「座敷童!」  私と同じ考えで、少し驚く。  「そうや、悪戯好きの子供の妖怪や。そんで、座敷童が現れる家には幸運が訪れるんや。」  嬉しそうに話しながら、美味しそうに泡がはじける液体を、ゴクゴクと飲んだ。  「それがホンマやったら、まず手始めに吸引力が自慢の掃除機買おう。」  香ばしく焼きあがった餃子をテーブル置きながらお母さんがツッコミを入れる。  ほな、私は推しのグッズ一式やわ。  と心で被せて、「頂きます。」としっかり手を合わせて焼きたての餃子を頬張った。  しばらくご飯に夢中になって、空腹が満たされたら、昼間のもう一つの出来事を思い出した。  「そう言えば、お兄ちゃんから恒例のエイプリルフールのネタが来たで。」  LINE画面を見せた。  「お兄ちゃん、今年も頑張ったな。不動の努力賞を送っとくわ。」  お母さんは早速スマホを開くと、お兄ちゃんに労いのメッセージを送った。  「里奈も、エイプリルフールネタやったら、ちょっと弱かったな。今年は企画賞を送るわ。来年は大賞を狙ってな。」    中3になる娘にまだこんな茶番につき合わせるとは、お母さんも中々のキワモノやな。    家族円満のため、真意を顔には出さず、大人の対応で頷いた。  なのに、私の大人の対応を無視するように、お父さんが顔を赤くして口を挟む。  「里奈。お父さんは信じるで。一緒に座敷童、捜索しよう!」  その言葉は、同じ疑いを持つ私の心に刺さって、素直にお父さんの目をしっかり見て頷いた。  画して、父と娘の「座敷童捜索隊」が結成されたのである。    
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