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 春の夜は、猫にとっても春のようで、外から異常な猫の鳴き声が聞こえてくる。それが時々子供が泣いている様に聞こえるから、ちょっと怖い。  最近では、昼間でもそんな風に聞こえるから、昼寝の寝覚めが悪い時がある。  今日も、午前中の部活の疲れと、お昼ご飯の満腹感で、幸せな睡眠に入っていたのに、夢か現実か分からないようなリアルな音に段々と眠りから起こされた。  猫の鳴き声と、子供の笑い声?子供の泣き声と、猫の鳴き声?  イヤイヤ、猫の春の声か?    重い瞼を何とか開けて、重い頭で辺りを見渡す。  寝る前と変わらないリビング。  それでもまだ、どこからかさっきの声が聞こえる。  まだ完全に起きていない体を無理やり起こして、声が聞こえる方向を探る。  廊下に出て耳を澄ます。  「ミャー」とか「キャッキャッ」とか言う感じの声が外から聞こえる。玄関の方を見ると、少しだけ戸が開いている。  あっ、またちゃんと閉めてないわ。  最近滑りが悪くなった玄関の引き戸は、いつも通りに締めると最後の方が引っかかって、10cm位開いたままになってしまう。  部活から帰って来た時、最後までちゃんと閉めた記憶は無い。  私が閉め忘れたであろう隙間から、私を起こした声が聞こえる。  足音を忍ばせて、ゆっくりと玄関の戸を開ける。そこに居たのは…。  アヒルのおもちゃ。  玄関先に、ポツンと一つ転がっていて、片目で空を見上げている。  お風呂で使う定番の「黄色いアヒルちゃん」  手に取ってアヒルちゃんを観察したけど、私の物では無い。そりゃそうだ。私が使っていたのは10年くらい前の事で、アヒルちゃんは何年もこの家には存在していない。  誰かの落とし物かと名前を確認したけど、それも無い。  落とし主が取りに来るかもしれないので、庭先にある水色のバケツをひっくり返して、その底に黄色いアヒルちゃんを置いた。  持ち主の所へ帰るんやで。  心の中でそう話しかけて、アヒルちゃんの小さい頭を指で撫でた。  座敷童の忘れ物かも?とも思いながら。    「里奈。その後座敷童は現れたか?」  夜、食卓につくとお父さんが楽しそうに泡の入ったグラスを持ちながら聞いてきた。  「イヤ、姿は見てへんけど、昼間に声は聞いたと思う。」  「声?家の中でか?」  「ううん、外。確かめようと思って外見たら、姿は無かったわ。代わりにアヒルちゃんがあって、バケツの上に置いといたんやけど、まだ有った?」  「バケツの上?暗くて気付かんかったわ、ちょっと見てくる。」  そう言って出て行ったので、私も気になって後を追った。  「これか?」  昼間、置いたアヒルちゃんは、まだそのままバケツの上にあった。  「そう、それ。」  「しばらくこのまま置いといて、様子を見よう。」  お父さんは神妙な顔でそう言うと、辺りを見渡して頷いた。私も同じように頷くと、食卓へ戻った。  「里奈が座敷童を感じるんは、昼間なんやな。普通、妖怪とかって、夜に出るイメージなんやけどな。」  「そう言えば昼間やわ。決まって昼寝してる時。」  「そうか、最近はここらも夜でも明るいからな。ほら、店の看板とか、外灯とかで。それで、妖怪も24時間営業になったんかも知れんな。」  「妖怪って、仕事なん?」  「仕事みたいなもんやろ。里奈の好きなアイドルと似たようなもんとちゃうか?」  止めて!私の推し達を何かと引き合いに出すのは、ホンマに止めて欲しい。彼らは、神出鬼没な妖怪とは全然違うし!  「明日は『昼寝したと見せかけて、起きてました作戦』で座敷童の存在を確かめよう。」  「うん。頑張ってみる。」  しかし、私の意思より睡魔の方が強く、その作戦が実現されることはとうとう無かった。
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