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私は閉じていた目を恐る恐る開いた。夕暮れを背にした真っ黒な影の前に、大きな人の後ろ姿が浮かび上がる。
閑静な住宅街には似つかわしくない姿に、私は口を開けたまま硬直した。
その人は艶やかな、青みを帯びた銀色の甲冑に身を包んでいた。美しい装飾の施された剣と重そうな盾を携え、真っ直ぐに黒いものを見つめている。背中から伸びる美しい緋色のマントが、風を受けて大きく波打った。
「下がってなさい」
甲冑の人物が口を開く。耳の奥まで染み付いた声に、私は思わず目を見張る。
「父、さん……?」
兜に覆われた頭が、静かにこちらを振り返る。兜から僅かにはみ出た髪も、私を見つめる目も、今朝スマホ越しに見たのと全く同じだ。
「ど、どうしてここに? ていうかその格好――」
言い終わるより先に腰へ手を回され、視界がぐるりと回転する。見慣れた景色が後方へと流れ去り、黒いものが後を追ってくるのが見えた。黒いものが通り過ぎるたび、慣れ親しんだ風景が砕け散っては消えていく。
訳が判らない。急にあんな化け物が現れて、当たり前のように眺めていた街を容赦なく壊し始めて。いきなり現れた父さんは、どこかの物語の主人公みたいな格好で……。
ずきりと頭が鋭く痛む。目の奥がぼやけて、濃い靄の奥に何かが見えそうになる。
背後から黒い腕がいくつも伸びてきて、私たちに掴みかかろうとしてくる。追いつかれそうになるたびに、父さんは素早く剣を振るった。剣先が閃くたびに光が軌跡を描き、黒い腕を一瞬のうちに斬り落とす。
何度も、何度もそんなことを繰り返して、次第に追手も少なくなっていった。僅かに顔を上げると、遥か遠くに黒い大きな塊が蠢いているのが見えた。塊の周囲からは、黒い粒子が煙のように立ち上っていた。
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