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 父さんは見慣れない路地裏に逃げ込むと、ゆっくりと私を地面に下ろした。私は地面にへたり込んで、呆然と父さんの立ち姿を見上げる。  父さんは、どうしてあんな格好をしているんだろう。  石をぶつけられたような鈍い痛みが頭に走り、同時に幼い頃の記憶が断片的に蘇る。  そういえば、父さんには子どもの頃から大好きだという物語があった。  世界を壊そうとする魔王と、神に選ばれた勇者の戦い。ありがちではあるけど、どこまでも曇りなく真っ直ぐで、見ている人に勇気を与えてくれる物語だった。私も好きなお話だけど、父さんは私以上にその物語を愛していた。  だから勇者なのか、と私は状況に似合わず苦笑する。  確かに物語の勇者は凛々しくて格好良かったけど、中身が実の親となると恥ずかしいというか、なんだかむずむずしてくる。もういい歳した大人なのにあんな格好ができるなんて、ある意味父さんらしいけど。  そういえばあの日も、「昔は勇者になりたかった」なんて言ってたっけ。私が生まれたときには家族を守る勇者になろうと思った、とか言われて、なんだか恥ずかしくなって家を飛び出して――  頭の中に、雷が落ちたような衝撃が走った。ハンマーで殴られたかのように、頭が猛烈に痛みだす。あまりの激痛に私は両手で頭を抱え、地面に額を押し付けるようにしてうずくまった。  「瑠香!?」  父さんの声が聞こえてくる。鈍い音と風圧を感じて、コンクリートが崩れる音が耳に届く。    「わ、私、は……」  固く閉じた目に涙が滲む。真っ暗な視界にぼんやりと色が浮き上がり、少しずつ形を成していく。灰色は曇り空に、点在する緑は街路樹に。  それは見慣れているはずの、いつもの通学路だった。「はず」というのは、記憶にはあるのに最近まで通った覚えがないからだ。  だけど私は、確かにあそこを通って学校に通っていた。「勇者になりたかった」なんて言う父さんに呆れながらも家を出て、あの道を通って学校に向かっていて。  ――気がついたら、地面に倒れ伏していた。真っ赤に染まった地面で、息苦しさと痛みで声も出なくて、それでも父さんを呼び続けてた。
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