昭子と冬馬

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 …菊池冬馬の叔母?…  私にとって、この事実が、なにより、驚きだった…  と、なると、どうだ?  と、なると、菊池冬馬は、諏訪野伸明の従弟(いとこ)ということになる…  菊池冬馬の父、国会議員、菊池重方(しげかた)は、この諏訪野昭子の弟…  ゆえに、菊池冬馬は、諏訪野伸明の母方の従弟(いとこ)ということになる…  私は仰天した…  と、同時に、以前、諏訪野伸明が、  「…冬馬は…」  と、親しげに呼んでいたことを、思い出した…  たしかに、従弟(いとこ)ならば、子供の頃からの知り合い…  いっしょに、遊んだこともあるかもしれない…  いや、  遊んだというのは、正しい表現ではないかもしれない…  諏訪野伸明と、菊池冬馬は、10歳も歳が離れている…  子供の頃、遊んでやった…  面倒を見てやった…  という表現が、正しいのかもしれない…  いずれにしろ、諏訪野伸明は、子供の頃から、菊池冬馬を知っていたわけだ…  私は、考える…  諏訪野伸明が、  「…冬馬…」  と、親しげに呼ぶ以上、菊池冬馬が、諏訪野伸明と、近い関係であることは、想像できた…  だが、私の予想以上に近過ぎたというか…  まさか、伸明の母の実家、五井東家が、昔でいえば、謀反を起こした…  あるいは、反旗を翻したことは、知っていたが、その反旗を翻した張本人が、自分の母の弟だとは、想像もつかなかった…  まさに、伸明の苦悩が察しられた…  以前は、半分だが、血を分けた、自分の弟や、自分の父方の叔父…父の弟が、五井家の当主の座を巡って、争った…  そして、今度は、母方の叔父や、従弟(いとこ)…  まさに、常に争いがある…  五井家は、常に争いの歴史…  内紛の歴史であると、伸明が、苦笑したが、それは、事実…  それは、過去だけではない、現代でも、延々と続く、事実だった…  あらためて、それを思った…  その現実を思った…  が、  それを知っても、この眼前の伸明の母は、動じることは、なかった…  それを、思えば、やはり、女傑…  この眼前の伸明の母も、物腰は、柔らかいが、妹の和子同様、紛れもない、女傑だった…  「…男は、権力を握ると、金が欲しくなる…」  昭子が、ポツリと、漏らした…  「…国会議員で満足すれば、いいものを、今度は、五井家の当主の座を狙う…つくづく、人間の欲には、際限もない…」  昭子が笑った…  「…バカな男…」  そう、自分の弟を評した…  自分の弟、国会議員、菊池重方(しげかた)を、評した…  「…和子も笑っていた…」  「…菊池さんのおばあさまも…」  「…ええ、バカな弟を持ったと…」  さもありなん…  いかにも、あの和子が言いそうな言葉だった…  自分の弟とはいえ、辛辣…  辛辣の一言だった…  「…出来もしない夢を見、できもしないことを大言壮語する…和子の場合は、可哀そうだけど、夫の義春さんもそうだった…それに、今度は、弟の重方(しげかた)…つくづく、可哀そうというか…」  昭子が、嘆息する…  「…バカな旦那と、バカな弟に囲まれて、運の悪さを嘆いていても、おかしくはない…でも、まあ、和子は強い…そんなことに、めげる女ではない…」  「…」  「…それに比べると、私は、恵まれている…夫の建造は、私が、すでに、伸明を身籠っていることを知っていたにも、かかわらず、私と結婚して、伸明を、自分の血が繋がった実の子供と同じく、可愛がってくれた…いえ、血が繋がった、実の息子の秀樹以上に、伸明を可愛がってくれた…これには、感謝しても、しきれない…ひとは、つくづく出会いに尽きる…」  昭子がしみじみと言った…  私は、昭子の、この出会いということが、いかにひとにとって、重要なことなのか、繰り返し、言っていることが、昭子の体験を元にした言葉だと気付いた…  自分自身が、体験したことで、その重要性に気付いたということだろう…  ひとは、誰でも体験…  体験に勝る、経験はない…  たとえば、ひとに聞いたり、本を読んだりして、なにかを、知ることは、できる…  しかしながら、その体験がなければ、それは、あくまで耳学問に過ぎない…  たとえば、バブルを経験した世代の人間が、今の若い学生に、  「…バブル時代は、こうだったんだよ…」  と、説明する…  しかしながら、聞いた学生は、  「…ああ、そうだったんだ…」  と、思うことは、あっても、やはりピンと来ないことはあるに違いない…  それは、自分が、直接、体験していないからだ…  経験していないからだ…  これは、戦争もまた同じ…  いかに、戦争の悲惨さを訴えても、話としては、理解できるが、やはり、どうしても、体験が伴わない限り、いまひとつ、実感として、湧かないというか…  これは、すべて、どんなことも、同じだ…  私が、昭子の話を聞きながら、そんなことを、考えていると、  「…建造は、同じ一族…同じ五井一族…幼いときから、知っていた…でも、私は、恵まれた…いかに、同じ一族で、幼い頃から知っていても、すでに伸明を身籠った私を、知らないフリをして、結婚してくれる男は、普通、いない…私は、つくづく、夫に恵まれた…」  と、昭子が続けた…  「…それに、比べると、和子は、不幸…夫と、弟が、凡庸で、野心家…つくつく、運がない…」  私は、昭子の言葉に、どう返答していいか、わからなかったので、  「…」  と、黙っていた…  「…運命は、つくづく残酷…」  「…残酷? …どうして、ですか?…」  「…私と、和子は、一卵性姉妹…そして、建造と、義春さんも、血の繋がった実の兄弟…だから、私が、義春さんと結婚して、和子が、建造と結婚する可能性もあった…」  「…」  「…だから、残酷…そうなれば、和子も旦那に恵まれた…義春さんには、失礼だけど、建造と、義春さんでは、月とすっぽんとまでは、いわないけど、能力や器に差があった…もっとも、私が、妊娠して、それを知っても、知らないフリをして、私と結婚する度量は、義春さんにはない…だから、私が、義春さんと結婚する可能性は、ゼロ…なかった…だから、私たち姉妹が、入れ替わって、それぞれ、建造と義春さんと、結婚する可能性はなかったということね…」  昭子が笑った…  私は、それを聞きながら、やはり、この眼前の昭子は、女傑…  妹の和子同様、女傑だと確信した…  そんな普通ならば、口にできないことを、あっけらかんと、口にする…  やはり、ただ者ではない…  私が、そう考えたときだった…  いきなり、病室の扉が開いて、ひとりの男が、病室に入って来た…  「…叔母様…」  病室に入ったか、入らないかで、その声が聞こえた…  要するに、 「…叔母様…」 と、言いながら、この病室に入って来たのだ… 私は、その男を一目見て、誰だか、わかった… その男とは、初対面… 会ったことは、一度もない… にもかかわらず、顔を知っていた… なぜなら、この病室に、顔写真が、貼ってあったからだ… そして、その人物こそ、今も、この昭子が、口にしていた、実弟の菊池重方(しげかた)の息子、菊池冬馬だった… 「…叔母様…お久しぶり…」 この病室に入って来て、昭子の姿を確かめると、もう一度、叔母様と、繰り返した… そんな、菊池冬馬を、昭子は、一喝した… 「…冬馬さん…いきなり、失礼ですよ…」 昭子が、これまでの柔らかな物腰から、一転して、強い口調で、冬馬を叱った… 「…失礼? …どうして、失礼なんですか? 叔母様?…」 「…寿さんに、ご挨拶するのが、先でしょう…」 すると、あろうことか、冬馬は、シュンとした… まるで、子供… 親に叱られた、幼稚園児か、なにかのようだった… 長身で、イケメン… 私と同じ三十代前半で、どんな男なのか、ずっと知りたかった… それが、会ってみると、まるで、小さな子供というか… その険のある、男らしい顔に似合わず、子供っぽい言動の男だった… つくづく写真では、わからない… 写真では、長身で、落ち着いて見える… しかし、いざ、会ってみると、子供っぽい… が、こんなことは、世の中、ありふれている… 「…叔母様…スイマセン…」 菊池冬馬が、謝った… が、 昭子の怒りは、収まらなかった… 「…冬馬さん…謝るのは、私ではなく、寿さんにでしょ? …この病室の主は、寿さん…冬馬さん…アナタは、今、いきなり、寿さんの許可も得ず、入って来たの…大の大人が、それで、いいと、思っているの?…」 冬馬は、昭子の言葉に、 「…」 と、沈黙した… 反論ができなかった… 「…たしかに、アナタは、この五井記念病院の理事長かもしれない…でも、それは、アナタが、五井一族だから…だから、この病院の理事長になれた…でも、その年齢では、名ばかり…肩書だけ…それをいつも、肝に銘じて、行動しなさい…」 昭子は、容赦なかった… 物腰は柔らかいが、言った言葉は、容赦なかった… 菊池冬馬は、無言のまま、床を向いて、ジッと、昭子の言葉を聞いていた… 「…わかったの? 冬馬さん?…」 「…ハイ…」 菊池冬馬が、床を睨んだまま、答えた… 「…冬馬さん…返事をするときは、相手の顔を見て…床を睨んだままでは、ダメ…」 昭子に促されて、顔を上げ、渋々、昭子の顔を見た… それは、まるで、すねた、子供のような表情だった… 「…ハイ…」  「…冬馬さん…でしたら、次に、なにをするのか、わかりますね…」 「…」 「…きちんと、寿さんに、謝りなさい…」 「…」 「…寿さんは、伸明の妻となる女性です…アナタも、今後、付き合ってゆくことになります…」 …私が、伸明さんの妻となる女性?… 傍らで聞いていた、私が、驚いた… 心底、ビックリした… まさか、伸明の母、昭子の口から、そんな言葉が出るとは、思わなかった… 「…伸明さんの妻?…」 菊池冬馬自身も、私同様、驚いた様子だった… 「…リンちゃんから、この病院に入院させてくれと、頼まれたから、病室を用意したけど、そこまでの関係とは…」 冬馬が絶句した… そして、その言葉に、私もまた、 「…」 と、絶句した… 事実、私も、この癌という病がなければ、諏訪野伸明との結婚を夢見るかもしれない… いや、 癌という病がなくても、それは、無理… 私と諏訪野伸明とは、身分が違う… 片や、日本中に知れた五井一族の若き当主… 片や、無名の一般人… そもそも、生まれた環境が、まるで、違うのだ… 江戸時代でいえば、徳川御三家の大名と、農民の娘が結婚するようなもの… そもそも、ありえないことだからだ… 「…冬馬さん…寿さんに、謝るのは、どうしたの?…」 昭子が、促した… すると、それまで、シュンとしていた菊池冬馬が、シャキッとして、 「…寿さん…申し訳ありませんでした…」 と、直利不動で、頭を下げた… まるで、軍隊で、上官に頭を下げるようだった… 見ようによっては、思わず、プッと吹き出しかねない光景だった… だが、 相手は、真面目だった… 真剣な表情で、私、寿綾乃に頭を下げた… これは、驚きだったし、私にとって、居心地が悪かった… こんなことを、されることは、なかったし、なにより、自分より、身分の高い人間に、このような真似をされて、愉快な気持ちになる人間では、私はなかったということだ… 「…もう、止めてください…」 私は言った… 「…私は、この病院の理事長に頭を下げられるような、偉い人間では、ありません…ただの患者です…」 私は、抗議した… 「…お願いです…そんな真似はしないで、下さい…」 と、懇願した… 菊池冬馬が、驚きの目で、私を見た… ビックリした表情で、私を見た… そして、私は、諏訪野昭子を見た… 昭子もまた、冬馬の反応を見ていることに、気付いた… それから、冬馬は、ニヤリとした… 明らかに、ニヤリと、笑ったのだ… 「…叔母様もひとが悪い…」 冬馬は、顔を上げると、笑いながら、言った… …ひとが悪い?… …どういうことだ?… 「…ボクに、わざわざ、こんな真似をさせて…」 冬馬が告白する。 …こんな真似?… …どういう意味だ?… 私は、昭子を見た… 昭子は、笑っていた… 「…冬馬さん…ありがとう…よく、できました…」 私は、意味がわからなかった… …まさか?… …まさか? 昭子が、冬馬にこんな真似をさせたのか?… …ピンときた… 「…この病院の理事長である、アナタが、頭を下げれば、寿さんが、やめて下さい、と、言うのは、わかってました…」 昭子が告白する… 「…ただ、どう言うか、知りたかった…寿さんが、自分は、偉い人間ではないと、言うのを、聞いて、ホッとしました…」 「…どういうことでしょうか?…」 「…ひとは、とっさに、発した言葉に、本音が出るものです…いくら、普段、偉そうな言葉や、偉そうな態度を取る人間でも、とっさに、想定外の事態に陥ったとき、その人間の本性が出ます…」 「…」 「…一番は、寿さんには、失礼ですが、やはり、病気になったとき…自分は、癌だと知らされて、パニックになる人間は、多いでしょう? …でも、寿さんは、違う…」 「…私は、違う? どう、違うんですか?…」 「…寿さんは、受け止める…なにもかも…」 「…」 「…現実を受け止める…」 …買いかぶり過ぎです… 私は、言いたかった… たしかに、この昭子が言うのは、間違ってない… ただ、それは、私には、家族がいないから… 天涯孤独の身だから… それが、一番の理由… 愛する家族も、守るべき家族も、私には、いない… 藤原ナオキは、かつて、同居した、恋人だった… そして、藤原ナオキの息子と思われていた、ジュン君とは、ジュン君が、幼いときから、私は、最近まで、いっしょに暮していた… しかしながら、二人とも、私にとって、家族と呼べるものではない… 呼べるとすれば、疑似家族… 家族のようなもの、とでも、呼べば、いいのだろうか? しかし、私にとって、本当の意味で、家族ではなかった… それが、わかったのは、私が、医者から、末期がんだと告げられたとき… 普通ならば、真っ先に、家族のことを、考える… 私が、今、死んだら、残されたものは、どうなる? 誰もが、真っ先に、考える… だが、私には、それが、なかった… 私が、医者から、末期がんだと告げられて、最初に、考えたのは、私が死んでも、誰も困らないという真実だった… これには、我ながら、拍子抜けすると、同時に、なんだか、肩の荷が下りた気分だった… ジュン君は、頼りないが、二十歳になった… これからは、自分一人の力で、生きてゆけるだろう… ナオキは、FK興産の社長… すでに、私が、力を貸すような存在ではない… ナオキとは、男女関係は、基本的に、終わっている… ただ、ジュン君を介しての仲だった… 公では、私は、ナオキの秘書だったが、これも、私以外の誰でもできる仕事… ならば、私は、必要とされない… いや、必要とされないのではなく、絶対に必要とまではいえない存在だと、自分自身の価値に気付いたのが、真相なのかもしれない… つまり、家族と呼べるほどの堅固な関係ではない… それゆえ、今、自分が、死んでも、誰も困らない… それが、わかったから、余計に、冷静に、自分の死を受け入れることができたというべきか? そして、それは、ジュン君が、自分が、藤原ナオキの血が繋がった息子ではなく、また私、寿綾乃もまた、寿綾乃を自称する女だと、菊池リンを通じて、知らされて、ジュン君は、パニックになって、FK興産を退社して、歩いていた私をクルマで、轢き殺そうとした… 私は、その後、この五井記念病院に、運ばれた… それから、考えた… やはり、ジュン君にとって、私は、家族では、なかったということだ… 本当の家族ならば、私をひき殺そうとするはずがないからだ… 皮肉にも、あの一件で、やはり、私は、天涯孤独の身だと思い知らされた… そして、天涯孤独の身ゆえ、自分を冷静に観察できた… 失うものが、なにもないゆえの、強さだった… それが、寿綾乃の強さ… 強さの源泉だったのかもしれない… ひとは、大切な家族がいるから、強くなれる… 守るべき、大切な家族がいるから、頑張れる… それも一面の真実に違いない… だが、私のように、天涯孤独の身ゆえ、頼れる存在が、なにもないゆえの強さというものもある… なにもないから、自分が、しっかりするしかない… 末期がんだと医者に告げられても、うろたえたり、パニックになってる暇はない… なにしろ、頼れるのは、自分だけだからだ… しかし、それを見て、この昭子は、私が強い人間だと思ったとしたら、笑止… 笑止千万だ… 頼れるものがないから、自分が、しっかり、しなければ、ならないだけだったからだ… そう、考えたとき、 「…寿さん…」 と、昭子が、口を開いた… 「…強さというのは、環境によって、できる強さと、生来の強さがあります…」 「…どういうことでしょうか?…」 「…勉強をすれば、誰でも、東大に入れるわけではないということです…」 「…」 「…ひとは、生まれながら、頭の良しあしが決まってます…勉強すれば、誰でも、東大に入れるわけはない…それが、一番わかりやすい例えです…」 私は、この昭子がなにを言おうとしているか、わかった… 「…寿さんは、自分の環境が、自分を強くしたと思われるかもしれませんが、それは、半分正しく、半分間違ってます…同じ体験をしても、誰もが、寿綾乃になれるわけでは、ありません…勉強をすれば、誰でも、東大に入れるというわけではないのと、同じく、半分は、努力…そして、もう半分は、生まれ持った才能…これが、答えです…」 私は、なんと言っていいか、わからなかった… それゆえ、 「…」 と、黙った… 昭子もまた、話し終えると、黙って、私を見た… 奇妙な沈黙が辺りを支配した… その沈黙を破ったのが、他ならぬ、菊池冬馬だった… 「…叔母様は、相変わらず、しっかりしているというか…物腰は柔らかいが、和子叔母様よりも、強い…」 冬馬が笑った… 「…和子叔母様もよく言ってました…姉は、一見すると、私よりも、おとなしく見えるけど、実際は、私より、ずっと強いと…」 …和子より、強い!… 私は、驚いた… あの女傑と思われた、諏訪野和子よりも、この姉の昭子の方が、強い… その事実に驚いた… 「…あらあら、冬馬さん、そんなことは…」 「…そんなことはないと言いたいんでしょうけど、これは、事実です…」 「…」 「…それに、この病室に来る前に、私のいる、理事長室に来て、一芝居打ってくれと、私に命じることも、和子叔母様は、しません…和子叔母様は、直情型…何事も、はっきりとする…そんな悠長なことはしません…」 冬馬が言う… だが、この冬馬が、言う、悠長という言葉は、間違っている… 悠長ではなく、策士… 策を弄しているのだ… この病室を訪れる前に、菊池冬馬のいる、理事長室に行って、事前に、菊池冬馬と、打ち合わせた後に、ここへやって来た… そこで、菊池冬馬にどう振る舞うか、指示した… その指示した内容通り、この冬馬が、演じたのだろう… そして、私、寿綾乃が、どう出るか? 試したのだろう… やはり、抜け目ない… 紛れもない、五井家の女傑… この歳まで、ただ、のんべんだらりと、生きてきたわけでない… あらためて、思った… そして、そう考えると、アドナレナリンが、全身を駆け巡ると言おうか… 私、寿綾乃の野生が、目覚めた(笑)… 野生というと、些か、大げさだが、本来の自分に戻った気がした… 元の寿綾乃に戻った気がした… いまだ、体力はない… この通り、病院のベッドの上に寝ているだけ… ただ、気持ちだけは、蘇った気がした… この病院に入院する前の、以前の私に戻れた気がした… ようやく、元の私に戻った気がした…                <続く>
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