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幕章 これは始まり舞台の終わり
【姫】は馬車を降りた。
緊張のせいか伸びた背筋。
深呼吸すれば、煌びやかな舞踏会に足を踏み入れる。 建物の中から聴こえるワルツは軽やかで、思わず胸が高鳴った。
一歩、一歩。 その空間に惹き込まれるようにコツリ、コツリとガラスの靴の音を鳴らす。
賑やかな人々の笑う声。
会場の隅には、先程建物の外から聴こえてきたワルツを奏でる音楽家達。
ヴァイオリンの旋律が優しい音を奏でている。
ふと、会場の中心へと視線を向ければ、煌びやかなドレスを身に纏う人々。
思わず綺麗だなんて見蕩れてしまう。
会場全体を見渡そうと、端からゆっくりと視線をずらしていく。
己の視線の先、チュニックを身に纏った男性と視線が合った。
綺麗で曇りのない彼の瞳。
その瞬間、恋に落ちる音がした。
身体の芯がじんわりと熱くなる。
ずっと、ここに居たい。
ずっと、この幸せに浸りたい。
この夢のような空間が永遠に続けば良い。
そう願う。
己の耳元で、心の奥底に住み着く黒が囁いた。
この時を止めてしまおう。
進む時なんて無ければ良いのだ。
秒針なんてものがあるから魔法が解けてしまう。
解けない魔法を
幸せを
永遠に ____
聞こえる言葉にひっそりと頬を緩めた。
その通りだと頷く。
その瞬間、時計塔の秒針が狂ったように踊り出す。
舞踏会のシャンデリアに灯された炎が、一瞬風に靡いたのか揺れて消えかけた。
ピキ、と己の履いていたガラスの靴にヒビが入る。
さあ、魔法を掛けましょう。
【姫】は満面の笑みで世界に笑いかけた。
時は眠りにつく。
世界に残されたのは、【姫】に掛けられた呪いだけ。
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