一章 灯火は幸せを包み込む

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ここは、乙木(おとぎ)学園。 全寮制のエスカレーター式のお嬢様学校。 高等部。 一年生の彼女達はこの四月に入ったばかりの新入生だ。 「二人ともお待たせ!ごめんね、遅くなっちゃったのですよ!」 すみません!という可愛らしい声が耳に入る。 白髪の長い髪が目に留まった。 腰の下。 地面へと着きそうな長い髪は、緩く三つ編みにされている。 毛先につれて桃色に染まった髪が尻尾のように揺れていた。 パタパタと足の音を鳴らし、小柄な少女が二人の元へと片手を大きく振りながら歩み寄って来る。 「おかえりなさい、未夢さん。お昼のお弁当は貰えたかしら?」 あわいは、ひらひらと優雅に小さく彼女に手を振った。 「おかえりなさい、未夢ちゃん」 玲依も未夢に声をかけようと彼女の方を向く。 未夢へと二人の視線が集まった。 少しだけ走ったせいか、乱れた学校指定の黄色いスカーフを整える。 「未夢ちゃん、ただいま帰りました!無事にお弁当買えたのです」 ビシッと彼女が右手を振り上げて敬礼をした。 そんな姿がおかしくて、玲依の普段は動かない表情筋が、少しだけ動いた気がする。 彼女の左手には、これまた黒色のタータンチェックの布に包まれた弁当箱。 あわいの弁当箱と一緒な作りのそれは、購買部で配布されている日替わり弁当の一つだ。 全寮制の女子校なだけあって、お昼は基本購買部で無料配布されている。 つまり、弁当やパンをここの生徒たちは購買部から支給して貰うのだ。 もちろん、本当に無料という訳では無い。 受け渡しの時が無料なのだ。 つまり、学費から引き落とされている。 彼女たちの一日三食の食事は学園に保証されていた。 日によって変わるお弁当。 タータンチェックの包みは可愛らしく、曜日によって色が違う。 今日は金曜日だから黒色のタータンチェックだった。 お昼の弁当は、一限が始まる前から、昼食時に配られる。 皆、各々のタイミングで弁当箱を取りに行くのだ。 玲依は、正午の鐘の音が聴きたくないため、一限の始まる前に毎朝、早起きをして弁当箱を取りに行っていた。 「今日のお昼の弁当も楽しみなのです」 嬉々として未夢が包み紙の結び目を解いていた。 そんな姿が可愛らしくてあわいが笑っている。 「今日は白身魚のフライって書いてあった気がするかも」 玲依が今朝、購買部で見た献立表を思い出しぽつり、と呟いた。 その言葉にあわいが嬉しそうに、そうなんだねと頷く。 彼女は魚が好きだったなと玲依は思い出す。 あわいは目を伏せて、包みを解いた弁当箱を見下げる。 彼女の長いまつ毛が更に長さを強調させていた。 線の薄い顔。 透き通った肌。 彼女の深海のように深い瞳に玲依は吸い込まれそうになる。 ふと、玲依とあわいの目が合った。 じっと見ていたことがバレてしまった。 いくら長い付き合いとはいえ、多少気まずくなる。 そんな玲依の姿にふ、とあわいが笑った。 「フフ、私の顔になにかついてたかしら?」 楽しそうに玲依の方へと手を伸ばせば彼女の頬をぷに、と突っついた。 「………別に。ほら、弁当食べよう」 綺麗だなんて見惚れてた。 そんなこと、玲依の口からは到底言えなかった。 誤魔化すようにモタモタとした手つきで包みを外す。 ふと、そんな二人のやり取りをじっと眺めていた未夢が二人に語りかける様に喋り出した。 「そういえば、購買部でお耳にした話なのですけれど…」 何の話だろうか。 興味津々に二人は未夢の方を向く。 二人がこちらを見たことを確認すれば、箸をぴとと唇に当てた。 反対側の手の人差し指をピン、と立てる。 「ねぇ、知ってますか?幸運になれるマッチ箱の噂」 しぃん、と三人の空間に沈黙が流れる。 あわいが顔を顰めて、玲依は首を傾げた。 最初に沈黙を破ったのは、玲依だ。 「なに、それ」 思わず問いかけた。 言葉を選ぶことも出来ないくらいに素直な気持ちが零れ落ちる。 そんな玲依に未夢は話を続ける。 「私も先程口頭で聞いたのですけれど、この学園にはどうやら夢燐寸(トラームマッチ)という、願いを叶えてくれるものがあるらしいのです!」 聞きなれない言葉。 願いを叶えてくれるもの。 玲依の眉間に皺が寄る。 あわいが険しい顔で未夢を見つめた。 そんな二人には気にもとめず、ゆっくりとした口調で未夢は語り始める。
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