一章 灯火は幸せを包み込む

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未夢が語り終わる。 しぃん、と辺りが静まり返った気がした。 しかし耳に入る周りのクラスメイトの雑音は、絶え間無く入ってくる。 ということは、己たちの間に妙な空気が流れたことになるなと玲依は思った。 ふぅ、と息を着く声が正面から聞こえる。 「……それで、それがどうかしたのかしら?」 あわいは、机に肘をつきつつ、手の甲に頬を乗せた。 制服の下に着た黒いタートルネックの中へと指先を差し入れている。 少し冷たいような、突き放すような返答。 少々彼女の機嫌が悪くなったのかと玲依は錯覚した。 そんなあわいを気に止めず、未夢は話し続ける。 「その物語に出てきたのが、さっき言っていた夢燐寸ということなのです!」 その言葉にふぅん、と興味なさそうにあわいが呟いた。 「でも噂は所詮噂、でしょう?」 違うかしら。 そう問いかける。 彼女の冷たい態度にぷくり、と未夢は頬を膨らませた。 「酷いのです、あわいちゃん!最近一年生の間で流行ってる噂らしいのですよ。流行を馬鹿にするのは良くないのです!」 もしかしたら本当に願いが叶うかもしれないじゃないですか。 ぷんぷん、と言う効果音が聞こえてきそうだ。 絵に書いたような未夢の怒り方に玲依は、そう二人を見つめながら考えている。 あわいが申し訳無さそうに眉を下げて、フフと笑った。 「そうね、ごめんなさい。………でも、私そういうの信じないタチなの。目に見えるものしか信じないわ」 眉を下げて穏やかに笑う彼女の姿は少しだけ、どこか寂しそうだった。 「あわいちゃん……」 思わず、玲依の口から彼女の名前が零れ落ちる。 あわいは、はっとすればどうしたら良いのか分からず、指先と指先を合わせて弄り出した。 「ごめんなさい…変な空気にしちゃって」 その言葉に未夢が首を横に振る。 「大丈夫なのです!誰にでも信じる信じないはあるのですよ。それが、今回の話だったってだけなのです」 だから、気にしないでください。 箸を弁当箱の蓋の上に置き、あわいの手を取れば、未夢は彼女へと穏やかに微笑みかけた。 「未夢さん………」 彼女の優しさに感動したのか、あわいは未夢の手を優しく握り返した。 その様子を喧嘩にならなくてよかったと玲依が見つめている。 ふと、玲依が口を開いた。 「話戻すんだけどさ、なんでその噂が流行っているの?気になるんだけど」 その問いかけ。 よくぞ聞いてくれました、と未夢がきらきらと瞳を輝かせる。 玲依の方を向いた。 そして、玲依の方へと思わず指をかざす。 はしたないわよ、とあわいが注意をした。 「実は…!その願いを叶えてくれる夢燐寸が、本当にこの学園に存在するらしいのです!」 彼女がきらきらと目を輝かせた。 玲依が興味深そうに未夢を見つめている。 そんな未夢の反応に、あわいがはぁと溜息を着く。 「ねぇ、未夢さん。もしかして、この話の流れから推測するに…その夢燐寸というものを探しに行こうってことなのかしら?」 彼女の言葉。 それを聞けば、ぐいと勢いよく、首をあわいの方へと向けた。 そして、大きく大袈裟に頷いた。 「もちろんなのです!楽しそうじゃないですか。一緒にしませんか?二人とも」 お願いしますと懇願するように未夢は手と手を合わせる。 上目遣いであわいを見つめた。 その言葉に賛同するように玲依もあわいの方を向く。 「私も、気になる。二人にはまだ、言えないけど…叶えたい願いがあるんだよね」 駄目かな、そうあわいへと問いかけた。 薄い灰色の瞳が彼女を真剣な眼差しで見詰めている。 「………」 あわいは黙り込んだ。 そして、一つ溜息を吐けば、二人を見返す。 「私はパスよ。めんどくさい」 そう、光の灯っていない瞳で言い放った。 首を横に振る。 その瞬間、玲依達は思い出す。 彼女が極度な面倒くさがり屋だということを。 未夢がハッとして声を上げた。 「あっ!もしかして…!だからさっきから、渋っていたのです?あわいちゃん、ずっとめんどくさいことが起きるって思ってたんですね!」 ショックですと、頬に両手を当てた。 あわいは、ハハと笑いながらその言葉に頷く。 「ええ、本当にあるか分からないものを探すなんてめんどくさいもの………付き合ってられないわ。だから…」 そう言うとあわいは、食べ欠けの弁当箱の蓋をパタリ、と閉める。 丁寧に黒色のタータンチェックの包みに包み込めば、その場を立った。 「もし、そんな存在するかも分からないものを探すなら、二人でしてちょうだい。私は、めんどくさいことはしない主義なの」 ごめんなさいね。 そう、言い残して教室の出入口へと向かっていった。 彼女のポニーテールの髪が、早歩きをしているせいか、緩やかに靡いている。 そのポニーテールを波うつ海みたいだと、二人はぼんやりと見つめていた。 こそ、と未夢が玲依へと話しかける。 「あわいちゃん、何かあったんですかね…?」 その言葉に玲依はこてん、と首を傾げた。 「さぁ…?」
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