一章 灯火は幸せを包み込む

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二人と別れ、立ち去ったあわい。 心の中で、突き放してごめんなさい、と玲依と未夢への謝罪の言葉を呟いた。 別校舎へと向かう長い廊下。 普段なら絶対にこんな歩き方はしないと言うくらいの大股でズカズカと音を立てて歩く。 はしたない事は頭では分かっていた。 でも、このもどかしさを発散できる場所が、今の彼女にはこの足しかない。 地面へと突き立てるように歩いていく。 力を入れているせいで、歩く度に痛む足。 まるで、剣で足の裏を刺されたかのような痛みが彼女の足の裏に走る。 手にもかなり力が篭もっており、弁当箱を包んだ包みが、ミシミシと小さく悲鳴をあげていた。 「………止められなかった」 小さくゆっくりと呟いた声は、怒りにより震えていた。 細く長い指先を首筋へと触れさせては、痒いのかは分からないが、カリカリと引っ掻いている。 制服の下に着たタートルネックから、鱗のような、泡のような痣が、チラリと顔を出す。 別校舎へと辿り着けば、不気味なくらいに廊下が静まり返っていた。 ふと、空から白い羽が一枚。 それは、まるで天使の羽が落ちてきたかのように、彼女へと降り注ぐ。 まさか、と思いあわいは勢いよく後ろを向いた。 「っ!?」 声にならない悲鳴が彼女の口から零れ落ちる。 「あわいちゃん、こんにちは。元気かしら?」 おっとりとした、穏やかな声。 胸焼けをするような甘ったるい上擦った声が、耳から脳裏へと響き渡る。 あわいは内心、小さく舌打ちをした。 後ろを向けば、まるで、白鳥のように白い髪が目に留まる。 よく見ると、くるりとウェーブのかかった毛先のところだけが、水色に染まっていた。 小さくお団子にされた髪がゆらゆらと揺れている。 垂れた目じり。 長い睫毛。 ふと、薄いビスケットのような色の瞳と目が合った。 あわいは顔を強く強ばらせる。 「……どうも、実咲お姉様。アナタのそのウザったいくらいに揺れるお団子を、今すぐむしり取ってやりたいくらいの気分ですよ」 そう、悪態ついて吐き捨てた。 そんなあわいの姿にふふ、と鵠 実咲(くぐい みさき)は穏やかに笑う。 「さっきの友達ちゃんたちの時とは、とても態度が違うわね。私はただ、あわいちゃんと仲良くなりたいだけなのに」 お姉様哀しいわ。 そう言いながら頬に手を当ててため息を付いた。 その反応に顔を顰める。 「白々しい………私、最初に言いましたよね?あの二人だけは、絶対に巻き込まないでくださいって」 それなのに…! 強く言葉を荒らげそうになるのを堪える。 彼女の態度に不思議そうに実咲は笑った。 「巻き込まないで欲しいなんて、あわいちゃん。 それはただの貴女のエゴよ。 それに、仕方ないじゃない。【神告者(オラクル)】からのお告げなのだから」 「っ!」 彼女の言葉。 神告者と言う単語にあわいは瞳を大きく開く。 そんなあわいの姿に気にもとめず、実咲は続けた。 「収集よ、あわいちゃん。雪乃ちゃんも待っているわ。ほら、おいで。貴女ならできるわよ、ね…?」 甘ったるい言葉が、まるで毒のように脳を犯す。 もう、後戻りはできない。 そう、直感で感じた。 無力な彼女は、頷くしか出来ない。 窓の外では、穏やかに白い雲がぷかぷかと浮いていた。
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