花火×一温編

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「卒業したらうちの会社の従業員になるからな。会社って言っても従業員十三人の小さな会社だ。今までも手伝ってはいたが、それでも他の従業員とは関わろうとしなかったんで上手くやれるか心配だった」  そういえば、いつも花火はお父さんと一緒に仕事に出掛けていた。お父さん一人の会社なのかと思うくらいだったが、どうやらそうではなかったのだ。 「最近、あいつ先輩社員と仕事終わりに話するようになったんだよ。よく笑うようになったし、ちょっと触られたくらいですぐぶん殴ってたのに、今は我慢できるようになった」  僕がひたすら机に向かっている間に、花火は新しい世界に飛び込むための努力をしていたのだ。少しずつでも自分の閉ざされた世界から抜け出そうとするように。昨日の夜も、「努力してみる」と僕に言った。 「一温、全部お前さんのおかげだよ」 「……そんなこと――」 「俺じゃ無理だった。分かるんだよ。お前さんの存在が、あいつを救ったんだ」  僕が、花火を救った――? 僕の方が、彼に救われているのに? 花火が居なかったら、僕や母は今も苦しみ続けていただろうから。  しかし、花火のお父さんが言うように、彼もまた僕に救われていたのだとしたら――心臓の辺りがじんわりと温かくなるような感覚がして、胸を押さえた。 「こんなこと言ったら重荷になっちまうかもしれねぇが……花火のこと、これからも宜しく頼むよ」  僕は花火のお父さんを真っ直ぐに見て、「はい」と答えて薄く笑んだ。 「また何か変な話してんじゃねぇだろーな?」  出来上がった朝食をお盆に載せて現れた花火は、縁側に並んでいる僕等を訝しげな表情で睨むように見る。
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