花火×一温編

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 あれから、母さんは父との離婚が成立して、一人でマンション暮らしを始めた。しばらくは淋しそうに見えたけれど、最近は僕が週末家を訪ねて花火との話をすると、よく笑って、笑い過ぎて涙を流している。  花火を連れて帰った時に、母さんは彼に言った全ての言葉について謝罪した。花火の方は全く気にしていなかったようで、すぐに母と打ち解けたので、今では僕に電話した時に花火が近くに居たら代わって欲しいと言うほどだ。まるで、もう一人息子ができたかのように。 「美味しいよ。また作って」 「いいわよ。クッキーやマフィン、ブラウニーだって作るわ!」  綺麗に無くなったアップルパイを見て、母さんはそう得意げに言った。素直で可愛い人だなと思う。  母さんが明日朝から仕事ということで、早めに切り上げて、花火の家の近くの交差点でタクシーを二人で待つ。 「最近思うの。私、あなたのことが本当に好きだわ」  そう慈しむような微笑みを浮かべて僕を見詰める。 「きっと、花火君が変えたのね。私も、あなたも」  僕に誰かを深く愛するということ、母にそれ故の過ちを教えてくれたのは、自らが深く傷つき愛を知らずに育った一人の少年だった。僕らは、花火に救われたのだ。 「認めているから、あなたたちのこと。だから、もう何も言わないし……いまさら健全な交際に拘ったりもしないわ」  タクシーに乗り込む時、母さんはそう何か仄めかすような言い方をした。ひとつのことに思い至って顔を真っ赤にする僕を見て、母は声を上げて笑った。
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