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「なんか、あったのか?」
係長が声を潜め、晴夫に顔を寄せてきた。
晴夫はちょっと身を引いた。
嫌いな人ではないが――むしろ好きな先輩の一人ではあるが――、恋人でもない人にこう顔を近づけられるのは嫌だ。
「なんか?ですか?」
「お前、ずっとどうしたらいいんだろうって泣いてたろ?」
「え、僕、泣いてました?」
驚いた。
あの夜、誰かと何かあったかという事ばかり思い出そうとして、自分がどんな状態だったかを考えようともしていなかった。
「ああ、瑠加ちゃんと復縁したいとかなんとか。あの後、連絡とったのか?」
「る、瑠加とですか?! 連絡先、もう知らないし、瑠加なんてすっかり忘れてましたよ…」
瑠加は大学のゼミで知り合い、晴夫の今を作り上げた恋人だ。
普通の交際だと思っていたのは大学の卒業まで。それから少しずつ瑠加の変わった性癖に付き合わされるようになった。
「そう?」
「そうですよ…」
そういえば瑠加からの仕打ちに悩んでいた頃、内容までは言わなかったが加藤に相談したことがあったなと思い出す。
「だって、別れたのはもう3年も前ですよ」
すっかり調教されたころ、瑠加から自分が好きなのは同性だったと告白され、別れた。
「すみません。たぶん、瑠加じゃなくて…三ヶ月前に別れた波奈子のせいで、ちょっと寂しくなってたんだと思います。そのことはもう大丈夫です」
新しく恋人ができても、慣れてくると瑠加に仕込まれた性癖が堪えられなくなる。それを求めて、気持ち悪がられて別れる。そんな交際が3人。
三ヶ月前に別れた波奈子にも「変態とお付き合いは無理だ」と言われた。
それが悔しくて、悲しくて…。
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