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金曜の歓迎会の後、庶務課の7人で二次会に行ったことまでは、はっきり覚えている。
問題はその後だ。
強い刺激に覚醒した時、濱津晴夫は自分のベッドで四つん這いの姿勢で嬌声を上げていた。
訳が分からなかったが、快感に溺れた。
コトが済んで恍惚の海に揺蕩いながら、相手が誰なのか、朝になったら確かめればいいと思った。
しかし、目覚めたら誰もいなかった。
身体に残った感覚と、シーツが交換されていたこととで、夢でも妄想でもなかったのは確かだった。
交換されたシーツと夜のおもちゃがいくつか消えていた。
アパートのドアは施錠されていて、郵便受けに鍵が落とし込まれていた。
晴夫が戸惑っているのは、自分がその行為を嫌じゃなかったことだった。相手は男だったはずなのに…。
かなり酔ってはいたもののきっと同意の上でのことだったのだろう。自分が誘った、ような気がしている。
微かに記憶にあるすね毛の濃い筋肉質な脚は、女の子であるとは到底思えない。
後ろを使うプレイは経験済みだが、男相手は経験がない。そもそも後ろは瑠加以外では、風俗嬢とたった一回しただけだ。つまり玩具と手指しか受け入れたことはなかった。
男相手でもいける質だったことに自分自身戸惑っていた。
しかしそれ以上に戸惑っていたのが、相手が逃げたことだった。合意なら逃げる必要はないはずだ。
なぜ逃げたのか。
そしてその相手は誰だったのか。
己のことを誰にでも身体を預けてしまうような好きモノとするのは全く受け入れられない。きっと知っている奴だったに違いない。晴夫は行為の最中、そいつの名前を呼んだ。
なぜ思い出せないのだろう。
二次会の途中から記憶が曖昧だ。ところどころ思い出せそうでありながら、何も思い出せない。何かきっかけがあれば思い出せるかもしれない。
晴夫は課内を見回した。まだ課長と係長たちは来ていない。
第一係の同期の大悟は既にパソコン画面に向かっていて、晴夫が入ってきたのに気付いて一瞬顔を上げて、笑顔で挨拶を返してきた。
春スキーで焼けた顔に白い歯が眩しい。
いつも通り。
隣の席の部下の大山崎も大悟と同じく既にパソコン画面に向かっている。
「おはようございます」
デスクにカバンを置くと、こちらもやはり一瞬だけ顔を上げ、無表情で挨拶する。
いつも通りだ。
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