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大山崎は平素から表情を大きく変えることはない。
ほんわりとした空気で、今も必死そうには見えないのだが、おそらく今週と今日一日の予定を確認するのにいっぱいいっぱいだ。
不器用だがこの一生懸命さが取り柄だ。
「おはよ」
晴夫もいつも通りの挨拶をした。
ほどなくして何人か出勤してきて、皆が挨拶を交わす。
給湯室から女子と高村の笑い声が聞こえる。
第一係の加藤係長が入ってきた。課内の全員が大きな声で挨拶をする。
「おはよ~。今日もみんな元気だねぇ」
のほほんとした空気の体型も顔も全てが丸っこい係長がニコニコと挨拶を返して席に着く。
昼行燈と陰で呼ばれているが実は切れ者なのだ。あの夜の相手が、人畜無害な空気のこの人と、いうことはないだろう。既婚者だ。
キャバクラに行こうということになって二次会に行ったのは、課の男子のみ。そのメンバーは覚えている。
辻谷課長、加藤第一係長、第一係の大悟と高村、第二係の晴夫、大山崎、西村。
「係長~、ナイスタイミングです。ちょうどコーヒー入りましたよ♪」
給湯室から第一係の高村が出てきた。あとから西村、一二係兼務の桜井、第一係の新人・鈴木、が続いて出てきて、コーヒー・お茶を配り始めた。
高村と西村、桜井は去年採用の同期。鈴木はGW前に新人研修を終えて先週末、この庶務課に配属になった。
庶務課では新人が朝のお茶出しをする。他課からは古臭い悪習と揶揄されるが、この課の仲良しの秘訣だと晴夫は思っている。
どれが誰の湯飲み・カップかを把握して、誰がお茶で、誰がコーヒーで、どれくらいの熱さで或いは冷まして…、どれくらいの量を注ぐか。その把握と配慮が職場でのコミュニケーションの取り方の勉強になる。
高村は加藤係長が到着する時間を見計らってコーヒーを入れたに違いない。
西村が二係のデスクに蓋つきのカップを配り終える頃、高村がすっと寄ってきた。
「濱津主任、レモン、お持ちしましょうか?」
「あ、ありがとう。もらおうかな。え、でも、どうして?」
「なんか、お疲れみたいだから」
にっこりと笑って、砂糖などを入れたカゴを持つ鈴木を振り返った。その高村のスラっとした後ろ姿を凝視した。
あれは高村だったのだろうか。
キリッとしたメイクで髪を後ろに束ね、タイトスカートを履いた長身の高村。一見、カッコいい女子のようだが、実は男だ。
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