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辻谷健太郎。
長身でスーツの上からもわかる筋肉質な身体。ロマンスグレーのイケオジだ。
「休憩時間に、ちょっと良いかな?」
席に向かう途中の課長にそう耳打ちされた。
おかげで午前の休憩時間になるまでの仕事があやふやになってしまった。
誰かと話をする課長の声が聞こえるたびにそっとそちらを伺ってしまう。
(僕はこの人とやってしまったのか?)
裸の課長を想像して、その手が自分の腰を押さえていたのかもしれないと想像して、身体が熱くなる。
仕事もどうにもまとまらず、無駄に時間がすぎて、ため息をつく。
急ぎの仕事ではないのが幸いだ。
休憩を知らせるメロディーが聞こえて、課長をみると電話中だった。
先に行くようにというように指で廊下を指し示されて、玄関ロビーの脇にある面談室に向かった。
面談室の仕切りに入る前に自販機で缶コーヒーを二本買った。
狭い空間の中で、落ち着かず、座るに座れず、仕切り入ってすぐのところに立ったままコーヒーを飲んだ。
課長は去年離婚している。当時の妻の父親が詐欺にあい、借金を抱えたのでかなりの大金を渡したが、完済には至らなかった。それで辻谷に返済の義務をなくすよう元妻が希望したためだった。
確か50になったばかりで、再婚の見合い話がよく持ち込まれていると聞く。
しかし、どの話も断っていて、元妻にまだ気持ちがあるのではないかとの噂もある。嫌いになって別れたわけではない。
「すまない、待たせたね」
辻谷課長が入ってきて、高いところから声がかかる。
けして低い方ではない晴夫が小柄に感じるだけの長身。並ばれるとそのまま抱き締められるのではないかとドキドキする。
「いえ、あ、ブラックで良かったですか?」
「買ってくれたのか? じゃあ、これ二人分」
銀色の硬貨が二枚。
「いえ、課長の分だけで…」
一枚だけ受け取って、促されるままに椅子にかけた。
課長がどことなく恥ずかし気に頭を掻きながら話し始めた。
「こないだの話なんだけど…」
心なしか顔が赤い。晴夫も顔が熱くなる。
「えっと、すみません…どの話でしょうか?」
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