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「ね、和泉さんって彼女いないんですか?」
「ああ、それならオレも気になってたんだ。どうなんだよ、和泉。おまえ、その手の話全然しねーしさー。ちょっと水くさいよ、和泉ちゃん」
助け船を出すどころか、一緒になってそんな風に突っ込んでくる小田に、和泉はどうしようもなく項垂れた。
「だいたいさあ。オレもたかちゃんも和泉にはいろいろ話してるじゃん? 勿論相談に乗ってもらってるわけだけど。なのに、さ? なんで和泉はオレたちになーんも話してくれないんだよ?」
「お……小田さん、小田さん。ひょっとして酔ってませんか?」
小田がそんな風に思っていたなんて、聞いたこともなかった和泉が眉をひそめて問うと、
「酔ってねーよ、ばか和泉。オレたちだって、それくらいはおまえのこと知りたいと思ってるだけだ」
真剣な目をして応えてくれた。
どうも、いつもの小田とは様子が違う。
「な、はにゅーくん。この際だから、和泉の総てを聞き出そうぢゃないか!」
がしっと埴生の肩を抱き、小田が和泉に詰め寄った。
「たかちゃーん、助けてくれよお。おだちんが壊れてるよお」
「やだ。僕も知りたいもん、和泉の好きな人、とか」
高梨に言われて胸が少しだけ疼いた。
好きな人、そう言える人、なのだろうか?
「和泉が誰と付き合おーが、それは和泉の自由だけどな。でも、オレたちに黙って、隠れて、こそこそするなんてのは、だ……こら、和泉、聞いてるのか?」
少しだけ、間があった。
自分の中で一人だけ浮かんだ人物を、それと定義づけることがどうしてもできないから。
“好き”だけでは済ませられない人。
そして、その想いを誰かに知られることは決して赦されないという事実。
「聞いてるよ」
「だからな、和泉。オレたちが言いたいのは、だ。わかるだろ?」
わからないよ、おだちん。
和泉は内心そう呟いた。
絶対に言えないから。
小田や高梨のことを信用しているとかいないとか、そういった次元の問題ではないから。
この想いが知れたら、自分だけの問題では済まないから。
だから、言えない。
だから、わかってやれない。
「和泉ちゃんって、かわいい」
唐突、だった。埴生が和泉の頬を軽く摘んでそう言ったのは。
「おい?」
「ほら、おだちんだって思ってるっしょ? 和泉ってかわいいなーって」
先輩社員だというのに、埴生はしっかりあだ名で小田を呼ぶ。
そして彼をしっかりと脱力させたところで、
「ま、おだちんはおだちんで、めっちゃ美人さんだなー、とか俺、思ってるんですけどね」
完全にノックアウトさせてしまったのだった。
「はっはっはっはっは。小田の隠された魅力に気づくとはさすがだ、埴生。おまえのその功績を讃えてこれをプレゼントしてやろう」
藤田が笑いながら差し出した物は。
「あーっ、オレの名刺っ!」
「そう、愛しの和泉ちゃんの携帯ナンバー入りの名刺」
「藤田さんっ!!」
「いーじゃないか、和泉ちゃん、減るモンじゃなし」
「減りますっ、オレの神経がっ!」
言って埴生の手からそれを奪おうとし、失敗する。
所詮七十そこそこの身長では百九十を越える長身の手を上に伸ばした先など届くはずもなく、むなしく宙を掻く腕は小田によって封じられたのであった。
「おもしれーじゃねーか、埴生司。こうなったら和泉をオとせるかどうか、オレ達が見届けてやろう」
男に「美人さん」などと初めて言われた小田は、まだその衝撃から今ひとつ立ち直れてはいないのであるが、しかしやや顔を引きつらせながらもしっかりと親友の身に起きたハプニングを愉しんでいるのである。
「放せよ、おだちん!」
「やだね。和泉、カノジョいないって前言ってたよな? たかちゃんと違ってカレシなんかもいないだろうし、幸い埴生はなかなかおもしろい人間だ。ここは一つ埴生に遊ばれてやるのも一つの手じゃないのか?」
「一つの手って、何だよ、何の“手”だよ!」
「和泉ちゃん、カレシってのも、結構いいもんだよ?」
小田のおもしろがっているノリに気づいた高梨も、にこっと笑って宮城の腕に自分のそれを絡め、
「埴生くん、埴生くん。僕たちの大事な和泉ちゃんを、大事にしてあげてね」
剰え、そんな言葉を埴生に進呈したのであった。
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